ん? なんか内股がムズムズするような……。
 そんな違和感にふと気付いたその時、一緒に柔軟体操をしている女子生徒がそわそわと落ち着かない様子で話し掛けてきた。
「ねぇ、あそこ……誰かがこっちの方をじっと見てる」
「えぇ?」
 彼女がそっと指し示す方へ殺気を濃縮して篭めた視線、通称『象をも射殺す魔眼』をギロリと向ける。
 すると講堂の壁の下、僅かに開いた窓の向こうで複数の人影が四方へ散って行くのが遠目に見えた。
「追い払ったよ。もう大丈夫」
 そう言ってやると女子生徒は表情を和らげ、柔軟体操を再開する。

 そんな様子に安堵ともう一つ、二つの意味が篭った溜息を吐いて再び窓の方を見遣る。
 先程あそこから覗いていた人影、多分うちと隣のクラスの男子だろう。
 ここ最近、オレが体育の授業に出ると決まって覗きに来やがる。その手引きしている奴が丸分かりなので更にムカつく。
 あのバカ……自分が何を見せているか分かってんのか?
 イラつき始めると歯止めが利きにくく、腹の奥からはその根源たる不快感がじくじくと腰全体を蝕んでいく。
 くそぉ……なんでオレがこんな目に……。


――事の始まりは三月ほど前に遡る。


「秋野、おい、しっかりしろ」
 ペチペチと、誰かが頬を叩く。
 ん? オレ、寝てんのか?
 やっべーな。いつの間に寝ちまったんだ?

 瞼を開くと、そこには三十路一歩手前くらいの実直そうな男の顔があった。
 ……誰だっけ? このジャージ姿、どっかで見た覚えはあるんだが。
 オレが目を覚ました事に男は安堵したような溜息を吐くと――。
「おぉい、三組の保健委員! 秋野を保健室に連れて行ってやれ」
 ――向こうに居る生徒たちに大声で呼びかけた。

 そして長めのボブカットを揺らしながら小走りでやってきたのは、体操服姿の女子生徒。
 あ、そーか。今は体育の授業中か……って、オレは運動中にぶっ倒れたのか?
「秋野さん、立てる?」
 保健委員の女子生徒の言葉に頷き、肩を借りて立ち上がる。
 が、力の入らない膝は垂直になる前に砕け、前のめりになった上半身は厚塗りワックスで光り輝く板張りの床に崩れ落ちそうになる。
 ありえん。
 自慢じゃないが、体力には割と自信があるつもりだが……おまけにこいつは結構な重症のようだ。足を踏み出す度、生まれてこの方感じた事のない鈍痛が腹の奥から腰や脚の付け根に響く。
 しかしふらつく原因はこれだけではなさそうだが……。

「失礼します。秋野さんが倒れてしまったので休ませてもらえませんか?」
 そうこう考えている間にオレたちは保健室に辿り着いたようだ。
 校医の先生の手も借りて、オレは気怠い身体をベッドの上に横たえた。
「ちょっと熱があるみたいね、少し休んで様子を見ましょ。徳山さん、貴女は戻っていいわ」
「あ、はい」
 そう返事をすると保健委員の女子生徒は「失礼しました」と言い残して保健室から退出して行った。
 ああ、徳山か。
 今更ながら、オレをここまで連れて来てくれたクラスメイトの名に思い至る。
 ということは、さっきのおっさんは体育の高山センセーか。
 あんまりにも気分が悪くて、頭の回転が非常に悪い。
 毛布を掛けられ、カーテンで間仕切りされた狭い空間で深い溜息を吐く。

「秋野さん、あんまり気分が悪いようなら帰ったほうがいいわよ」
 カーテンの向こうから先生の声が聞こえてくる。
 ……秋野?
 そういやオレ、何で秋野って呼ばれてんだ?
 オレの名は寺門浩介。
 そして秋野と聞いて思い至るのは同じクラスの女子生徒、秋野彩子だろうか。
 …………そういえば体育は男女別れて授業を受けているはずなのに、なんで女子の徳山が男子のオレを運んできたんだ?
 つーか、オレはグラウンドでサッカーをやっていた筈だ。
 なんで体育館でぶっ倒れていたんだ!?
 掛けられた布団を跳ね上げて勢い良く起き上がり、上着のネームに視線を落とす――確かに『秋野』と書かれているな。
 そして寺門浩介では絶対にありえないものも確認できた。
 布地を押し上げる胸元の膨らみ。


小犬「これってオッパイだよな━━ッ!!」(訳:なんじゃあこりゃあ!?)

 ――ってマテコラ。小犬ってなんだ?
 急に動いたせいか鈍い頭痛と眩暈が起こり、再びベッドに倒れこんでしまった。
「どーなってんだ……」
 呟いた声はソプラノとアルトの丁度中間辺りか、ややハスキー気味な声色は結構色っぽいと思う。そしてやっぱりオレではありえない。
 どうしてこうなったのかさっぱり見当がつかないが、オレは『秋野彩子』になってしまった。

 秋野彩子。
 学力テストで五指より下に落ちたことが無く、全国統一模試でも上位に位置し続ける校内屈指の才媛。
 同時に我が二年三組の中で一、二を争う無愛想と定評のある女子生徒だ。
 口数が少なく、コミュニケーションを成立させるのは非常に困難。どこか人を寄せ付けない雰囲気を常に纏い、鋭い目付きと相俟って教師にすら授業中に指名する事を躊躇わせる。
 結構美人なのに実に勿体無い。

 しかしオレは他人の人相云々を偉そうに言える立場ではない。何せ秋野と無愛想を競う奴というのは寺門浩介、このオレだからだ。
 とは言えオレは別に人を避けているとか、拒絶しているとか、そんなことは一切ない。これは断言できる。単に顔つきがキツいというか、目付きの悪さとか天然金髪が祟っているのだ。ついでに口も悪いかも知れん。

 そんな事をぼんやり思い浮かべる。
 さっき四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 オレは未だベッドの中。
 腹の鈍痛は相変わらず。頭痛は若干和らいだ気はするが……あ、やっぱ気のせいだわ。全く変わってねえ。
 そんなこんなでウダウダしているうちに時間は過ぎて行った。
 秋野のとっつきの悪さは校内に知れ渡っている。砕けた性格で殆どの生徒から慕われているという校医、倉田先生すらコミュニケーションをとる気配を見せない。
 おかげさまでオレはベッドを占有したまま放置プレイ続行中。ある意味ずっとオレのターンだ。嬉しくねえ。
 体育は二時限目の授業だったので既に二時間くらいこうしているのだが、こうも症状が変化しない不調というのは心当たりがない。この女、一体どんな病気に掛かってんだ?

「秋野さん、具合はどう?」
 カーテンを開いて倉田先生がオレを見下ろす。
 いい加減痺れを切らしたか、ようやく様子を診ようとしている訳だがどう答えたものか……少し考えて、首を横に振ることで問いに答えることにした。
 秋野がどんな口調でどんな受け答えをしていたとか、オレの中で目撃例が少な過ぎてさっぱり思い出せねぇ。
「そう……それじゃ桑原先生には伝えておきますから、今日は早退しなさい」
 うん、これは体の良い厄介払いだな。
 桑原というのはうちの担任だ。まー、二時間も保健室で寝てる奴が早退すると言っても文句は言わんだろう。
 しかしそれはそれで困った事態になる。
 帰って安静にしているほうが良さそうなのは確かだと思うが、秋野の姿でオレの家に帰るわけにもいかん。かと言って秋野の家に向かうのもどうかと思うし、そもそもオレはこいつの家を知らない。
 どうしたものか。秋野の家に電話して、親に迎えに来てもらうか? 生徒手帳を見れば自宅の電話番号くらい書いてあるだろう。

 だるい身体に渇を入れつつ、上半身をのそのそと起こす。
 あ、そーいえば体操服のままじゃん。参ったな、誰かに頼んで持ってきてもらうしかないか。
 そんなことを考えていると、滑りが悪くボロい木製の引き戸を強引に開く音が耳に届いた。
「あら、寺門君じゃない。珍しいわね、君が来るなんて」
「ぶっ!?」
 カーテンの向こう、開いた戸の方へ視線を向けた倉田先生の言葉に思わず噴出してしまった。
 寺門、だとぉ〜?

 その人物は一直線にこちらへ歩いてくるようで、数秒もするとカーテンの向こうに人影が見えた。そして帳を無遠慮に開いて現れたのは、やはりオレだった。
 その顔は一見、無表情っぽいけれど何処となく不機嫌そう。なんていうか、鏡でいつも見ている顔よりも遥かに凶悪に見えるんですが。背が高いから常に見下ろされる格好になるし、目付きの悪さなんか秋野を軽く凌駕しているぞ。睨むだけで人が殺せそうだ。
 そーか、第三者の目から見たオレはこんなツラしてるのか……自分的にはもうちょい柔らかいと思っていたんだが、そいつは自惚れというヤツらしい。そりゃ人も寄り付かんわな。妙に納得できてしまうだけに目の前が真っ暗になってきたんですが。

 奈落に届きそうなくらい凹むオレの目の前にポイポイと布の集合体が投げ落とされる。
 んー、女子の制服だな。あぁ、着替えろってことか。
「ちょ、ちょっと秋野さん?」
 秋野? あ、オレか。
 体操服の上着に手を掛けた姿勢のまま倉田先生を見上げる。
 先生はオレ――じゃない、秋野なオレをじーっと見下ろしている金髪男に厳しい視線を向けている。
 そしてしばし考える……あ、そーいうことか。
 すると男のオレもようやく視線に気付いたか、不満そうに軽く溜息を吐いてカーテンの向こうに姿を隠した。
 な、なんだあの行動は? あれは明らかにオレじゃねーぞ!

 しばしぽかーん、とカーテンの向こうの人影を見詰めていたが、先生の声に促されて着替えを再開。なんかボタンが巧く留めれん……。
 慣れない女物の服に多少手間取りつつも、なんとか着替えを終えてカーテンを開くと何故かまだオレがそこに居た。
 その手には鞄が二つ。一つは秋野のだろうが、もう一つは何だ?
「秋野を送ってきます」
 な、なんですとー!?
 ずがーん! と驚愕の雷に撃たれるオレに鞄を押し付けると、手を取って強引に連れ去ろうとする男のオレ。
 ちょーっと待てい! オレは秋野の家とか知らんっちゅーに!
「昼休み中に戻ります」
 嘘を吐けぇ! 戻るつもりの奴が鞄持って外に出るわけねーじゃねーか!
「え? あ……そ、そう? それじゃあ、お願いしていいかしら?」
 見えない何かに気圧されて口篭る倉田先生は、結局男のオレの申し出を受け入れてしまった。
 なんて奴……呆れ果てるオレの手を引いて保健室を後にした。

 男のオレはずんずん歩く。廊下、昇降口、校門――昼休みだけあって姿を見止める者は多いが、その異様な迫力に中てられ、呆気に取られたまま見送る。
 傍から見ればオレが秋野を強引に引き摺って何処かに連れ去っているようにしか見えないだろう。なんて事をしてくれるんだバカヤロウ! 明日から注がれるであろう人々の好奇の視線を想像するだに今から憂鬱になってしまう。

「く……このっ、離せよ!」
 いい加減耐えられなくなり、掴まれた手を振り解く。
 天下の往来でまでこんな風に引っ張られて歩くのは堪ったもんじゃない。

 立ち止まった男のオレは相変わらずの不機嫌そうな表情でオレを見下ろす。
 どう考えてもコイツはオレじゃない。とすれば、本当は誰だ?
 そしてふと、自分の今の状況を思い出す。
「お前、秋野だな?」
 あまりにも短絡的な考え方だが、それ以外に思いつかないのも事実。
 頭一つ分は上にあるオレの顔を睨みつける。だけど内心は異様な迫力に竦みあがりそうだ。

 不意に男のオレがくつくつと嗤い始めた。
 底意地の悪い笑い方だ。身体は間違いなく自分のものなのに、絶対に真似出来そうにない。
「さすがに自分が二人居る、とは考えなかったか」
 感情を隠すような平板な口調なのに、何故か愉しそうと感じてしまう。だがその『愉しい』は非常に歪んだ『愉しい』だ。
 今のオレ、秋野の目付きも相当鋭いはずだが、男のオレはまるで気にも留めていない。

「言いたい事は家に着いたら聞いてやる」
 男のオレ――いや、秋野は再び歩き始めた。
 付いて行っていいのだろうか……と、本気で悩んだがここでじっとしていてもどうしようもないのもまた事実。こうやって動いているだけで腹の痛みは酷くなる一方だし、選択肢は元々ないのだ。

 仕方なく大きな背中の後をついて歩く。
 歩き難い。
 意識と実際の動作が一々ズレる。原因はイマイチ分からない。だが、このまま歩き続けると明日は筋肉痛に悩まされそうだ、という気配だけは何となく分かった。

 そんなこんなで戸惑いつつも駅から電車で二駅移動、そこから歩く事十分程度。
 辿り着いたのは十二階建てのマンションの一室だ。
「着替えて横になっていろ。鎮痛剤を持ってきてやる」
 と言って通されたのは六畳程度の部屋。扉には何も書かれていないが、恐らくは秋野の私室だろう。
 あるのは簡素なパイプベッドと勉強机、教科書や参考書を収めた本棚以外に調度品らしきものが何一つない。
 清潔といえば聞こえはいいが、あまりにも素っ気無さ過ぎる。高校男児が思いを馳せる女子高生の部屋という秘密の花園への淡い幻想を鼻で笑っているようだ。

 ある意味らしいと言えばらしいが、ぬいぐるみはおろかファンシーな小物の一つも見当たらないとは……。
 唖然としてしまったが、このままぼけーっと突っ立っているのもマヌケな話だ。
 収納の開き戸を開けると、普段着やら下着やらが衣装ケースに綺麗に収められている。その中からサイズの大きなゆったりしたスウェットを取り出し、着ている制服をクローゼットのハンガーに掛けて仕舞う。
 ふと自分の姿を映す鏡の存在に気付いた。
 全身を映せる縦長のスタンドミラー、そこに映っているのは下着姿になった秋野彩子の全身像。飾り気のない紺色の上下には色気もへったくれもないが、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる秋野のスタイルは抜群にいい。改めて見てみると、学年どころか全校でも屈指の美少女ではなかろうか。実に、実に勿体無い。

 その半裸姿には見蕩れてしまうだけの魅力が溢れているが、一箇所妙に膨らんでいる部分が気に障った。
 股間を隠す三角形の布地。
 そういえばブルマを脱ぐ時になんかごわごわする気がしたのだ。
 恐る恐る上から撫でてみると、布地と肌との間に何か分厚いものが挟まっているような感触がある。

 なんだろう……ショーツに指を掛けて不意に自分が今からしようとしていることに思い至った。
 この中に秋野のお、おま、おま――い、いや待て。落ち着けオレ。それは人として卑劣な行為だ、それだけはしちゃならねぇ。
 ぎゅぅっと目を閉じて胸に渦巻く好奇心と言う名の若い欲望を押し殺す。
 しかしショーツに引っ掛けた指はいつまで経っても離れようとしない。それどころか徐々に前の方に引っ張っているような……舞い込んだ空気が股間に程近い肌を撫ぜる感覚に心が少しずつ傾いていく……。

 ちょ、ちょっとだけなら……黙ってれば分からないよな。
 思い切って少し下ろし、閉じた目をそおっと開く――そして目に映る光景は未知の領域!
 真っ赤! 寧ろどす黒い赤! なんじゃあこりゃああああああああ!?

「薬を持ってきた……あんた、なにやってんの?」
 ショーツの中の大惨事に硬直してしまったオレ。
 その決定的瞬間を目撃してしまったこの身体の持ち主。
 気まずいというには生易しすぎる。空気が凍るとは正にこの瞬間か。

 油の切れたブリキ人形かといわんばかりにギギギ、と軋んだ音が立ちそうなほどぎこちない動きで首を動かす。
 水の入ったコップを片手に開け放たれた扉の前に立ち、凍てつく視線で俺を貫く秋野。
 ころされる……!
 冗談抜きにそう思った。だから秋野が一歩こちらに踏み出した時、生命の危機を直感したオレの(本当は秋野の)心臓が喉から飛び出たかと思うくらい大きく跳ね上がった。

「マ、マテ。誤解だ」
 と弁明しつつ、足はフローリングの床を摺足で後退。
「ほう? 何がどう誤解なのか説明してもらおうか」
 じりじりと前進し、少しずつ距離を詰めてくる秋野。
 うっすらと不気味な笑みを浮かべるその瞳はいまだ絶対零度の冷気を発し続けている。オレはこんなにも冷たい表情を作れるのか、と新しい発見に感心すらしてしまう。
 奴との距離に反比例して恐怖が倍加していく。

 とん。
 そんな軽い音が肩を通して耳に伝わる。
 背が、壁についてしまった。  もうこれ以上退がれない。

「ま、股の間に、ご、ごわごわした変な感じがあるから、なんだろう、って……おも……」
 必死に口を動かして声を出してもしどろもどろ。
「ふぅん。それなら見て確かめるまでもなく、私に聞けば分かるだろう?」
「あ、う……」
 た、確かに仰る通りでございます。

 とうとう距離がなくなった。
 歯の根が合わずカチカチと音を立てる。
 でも、顔の筋肉が強張ってしまって止めようにも止められない。
 膝ががくがく震えて、背を壁に押し付けていないと今にもへたり込んでしまいそう。
 こんなにも『怖い』と感じた事は、生まれてこの方覚えがない。
 だから意外なほど太い指に顎を掴まれ、クイっと上向かされても成されるがままだ。
 抵抗よりも許しを請う思考が先に立つ。

「ふふ……『私』がこんな顔をするとは、ね……」
「え――んむっ!?」
 唇同士が重なる柔らかい感触。
 声を漏らしていた半開きの門歯は押し入る舌にこじ開けられ、柔らかな口内粘膜を隅々まで嬲られる。

 かなりのラグを経て、脳が事実を理解した。
 しかし視神経が脳へ送り込む怜悧な瞳が、それから先へと進ませない。
 オレの、いや自分の口内の味わいを堪能した秋野は、やがて唇を解放した。

 しかし一息つく間もなく今度は力任せに抱き寄せ、そのままの勢いでパイプベッドの上に転がされた。
「ひ――っ」
 反射的に腕と足でシーツを手繰る。
 しかしそれが身体を覆い隠す前に、秋野がオレの上に覆い被さった。
 怖い……今見上げているのは十七年間付き合ってきた、紛れもない自分の顔なのに怖くて堪らない。
 逃げ出したい。でも、逃げられない――だから、今のオレには瞼を硬く瞑って視界から消してしまうくらいしか出来ない。

「ひぁぁああっ!?」
 裏返った甲高い声が喉から迸る。
 脇腹から遡るように撫ぜられる感覚に全身が粟立ち、悪寒の駆け上がった背筋がじわりと汗を噴出すのを敏感な乙女の柔肌は事細かに伝えてくる。
 そして臍から鳩尾までをつぅっと辿る生暖かく湿った感触。それが肌を這う舌の感触だと気付いたのは、いつの間にか戒めを解放された胸を再びそれが襲った時だった。

「や……やめ……っ」
 本来のオレが知り得ないもの。たわわに実った乳房を硬い皮膚に包まれた手で揉み潰され、男のものより一回り肥大した乳首を舌で転がすように弄ばれる感覚。

「知りたかったのだろう? 女の、私の身体を」
「ち、ちが――きゃうっ!」
 充血して硬くなった乳首を指で摘まれ、コリコリと扱かれると言い掛けていた言葉が頭の中から吹っ飛んでしまった。

 無意識に力が篭った指が、掴んだシーツをぎゅっと握り締める。
 信じられねぇ、何だコレっ!?
 混乱し、酸素を激しく消耗し続ける脳は熱を持ち、肺腑と心臓は要求に応えるべく稼働率を引き上げる。
 が、腹に圧し掛かった重量物のせいで成果は思うように上がらない。

 そういえば胸や脇腹を這っていた手や舌の感触が消えた。
 どうしたのだろう……瞑った瞼を薄く開き、マウントポジションを取っている男を見上げ……な、な、な――っ!?
「あああああ秋野! お、お、お、おま、おまっ、何やってんだああああっっ!?」
 信じ難い光景に目は見開き、声は裏返る。
 目前にはそこそこ厚い胸板を持った男の上半身、なぜか裸。
 それは百歩譲ってまあ良いとしよう。しかしその下は宜しくない。
 何故トランクス一丁なのか!?
 貴様、ズボンを一体いつ脱いだ!
 じゃねぇや。いや、それも疑問ではあるが問題はそっちじゃない。

「なに、あんたと同じ事さ。あんたが女である私の身体に興味があるように、私も男であるあんたの身体に興味がある」
 当然だろう? と諭されても、トランクスを下げようと掛けられる手を黙って見過ごすことは流石に無理!
 しかし今のオレに奴の行動を妨げることなど不可能だった。
 起き上がる間に腰を浮かせた秋野はさっさとトランクスを脱ぎ去り、すっかり誇立したブツを曝け出してしまった……。

「ははッ! 私の身体を見た瞬間にいきなり膨張を感じた時は戸惑ったが、これは凄い」
 あぁぁああぁぁぁぁ……。
 秋野の哄笑に、思わず頭を抱えてしまう。
 オレ、ここまではっきり見てないぞ……。

 とは言え、こうやって自分のものを第三者の目で見るというのは複雑な気分だ。
 普段とは見る角度が違うので、括れたカリ首やら張り出したカサ、裏筋、膨張した血管などがはっきりくっきり見て取れる。
 それらも割と驚きではあるが、いつもよりでかく見えてしまうのは何故だろう。
 そして天を衝くかの如くギンギンな我がムスコを、わくわくと好奇心と冒険心を漲らせて握ったり撫でたりしている寺門浩介の姿がとてつもなく物悲しい。

「も、もう充分触ったろ。いい加減服着ろよ」
 恥ずかしいやら情けないやら、顔が真っ赤になっているのがなんとなく分かってしまい更に気分が沈む。
 ここまであからさまにやられるのならば、オレも秋野の身体のあんなところやこんなところを弄ってみたい……あ、そういえば秋野のパンツの中って!
「まだ射精を体験出来ていないのだが」
 あ、頭が痛くなってきた……。

「ふむ、やはりこのままでは収まりがつかんな」
「……は? おわぁ!?」
 再びベッドに押し倒された。
 そして秋野はオレに跨ったまま、後手で器用にショーツを脱がしてしまった。
 相当蒸れていたのだろうか、外気に晒された股間からぶるるっと寒気が昇ってくる。

「あ……秋野、お前一体何を……っ、ひゃんっ」
 くちゅ、と湿り気を帯びた音と共にこれまた感じたことの無い電流のような刺激が股間から奔った。
「自慰による射精も興味深いが、どうせなら性交で体験した方が面白いだろう?」
 性交、つーと、セックスの事っすか? マジで? ってかオレ、今秋野の身体なんですけど?
「アホか! この身体はお前のだぞ、自分を犯んのかよ!?」
「そう、私の身体。だからどう扱おうと私の勝手だろう? あんたも女のセックスを体験できる、一石二鳥じゃないか」
「ふざけんなっ! あくっ、オレは自分に……ひぅっ、お、犯される、なんて……あぐっ……ごめんだ!」

 そう抗議する間も後ろに伸びた秋野の指はオレのお、お……おまんこ、を、捏ねるように撫で回している。
 幼い頃に風呂で見たような気がする母親や親戚のモノ、そしてエロ本や猥談で蓄積された知識が構築する女性器の不確かなイメージ。それを嬲る様にくにゅくにゅくちゅくちゅと秋野の指が立てる現実の水音が重なり、意識が否応無く高みへと押し上げられていく。
「その割に感じているようだが? こんなに溢れるくらい濡れるなんて、私の記憶には無いぞ」
「そんな事言われても……ひんっ! も、もうそこ弄るなぁ!」
 喉の奥に必死に押し込め続けてきたものが今にも決壊しそう。これ以上そこを弄られ続けると、強制的に送り込まれる痺れるような刺激で頭がおかしくなりそうだ。

 おかしくなりそうなのは頭だけじゃない。
 刺激は頭だけではなく、身体全体に行き渡っている。
 全身を駆け巡る刺激で神経は鋭敏に尖り、肩や腰の肌が布に擦れるだけでビクビクと反応してしまう。
 そしてそれらの刺激は一箇所に溜まり続けている。
 それは臍の下辺り。丁度秋野が腰を下ろしている辺りが熱く、そして切なく収縮するような感覚が無視できない。

「耐え続けるその表情……いいね、ゾクゾクする。ああ、そろそろ我慢できなくなってきた」
 秋野はオレの腹から腰を上げると、そのまま後ろに下がった。
 そして力が抜けてぐったりしているオレの足を掴んで大きく開き、その前に腰を据える。
 と、不意に秋野の表情が歪んだ。
 何だろう……荒い息を吐き、酸欠気味の脳を働かせると一つのことに思い至る。
 この状況を作り出したきっかけ、ショーツの内側に広がっていた赤い色。
 そしてあの時は舞い上がっていて気付かなかった、生臭くも錆びた鉄のような独特なこの臭い。血の臭い……? いや、それ以外にも何か別のものも混じっているような。
「生理中だったっけ……」
 秋野の呟きを耳が拾う。
 セイリ、整理、生理……なんか保健体育の授業で習った覚えがあるがエロ妄想で悶々としていたのだろう。月に一回、女性器から血が出てくる。凄く痛い。妊娠したらその期間は止まる。それくらいしか思い出せん。

「まぁいいか。出血するのは同じだし」
 おいぃぃぃぃっ! そんな軽い言葉で済ますんじゃねえぇぇぇ! 感染症とかちったぁ気にしろこのバカぁぁぁああ!
 と、本気で突っ込んでやりたかったが乱れた呼吸を整えることもままならない今のオレでは無理というもの。
 今出来るのは、身を捩って挿入の邪魔をすることくらい。
 しかしそんなささやかな抵抗は腰をがっちり掴まれてしまえば、それすらも出来なくなってしまった。

「ひっ……あ、あ……いや、だ……くぁ……あ」
 二度、三度と見たことの無い柔肉の溝をつるつるしたモノが下から上へと滑る。
「ふ……ん。案外と、難しいな……」
 上擦り気味の声。こちらもあまり余裕が無いのがその声色から見て取れる。
 そして腰を固定していた両手が離された。
 片手が肉の溝を開き、もう片方は自分の肉棒を掴んで狙いを定める。

 鼓動が加速していく。
 女として、自分という男に犯される。
 そんな信じ難くも得体の知れない恐怖に心を縛り付けられ、もはや抵抗する気力すら湧いてこない。
 ただ、ただ、自分を貫こうと迫るモノを見つめ続けることしか出来ない。

「うぁぁ……入ってくる、はいって……」
 胎内に異物が侵入してくるおぞましい感覚に尾てい骨から骨盤から、身体の支柱となるもの全てが戦慄いた。
 股間からはモノが排出される感覚しか、オレは知らない。
 今その感覚を知らしめる部分は、これまたオレの知らない器官だ。本来ならばあるはずの無い穴だ。しかもそこはモノを受け入れる準備こそ出来ていたようだが、こなれていないのか単純に小さいのか、無理矢理こじ開けられているような苦痛を訴えてくる。
 それでも侵入を防ぎきる事は出来ない。そこから湧き出る粘質の体液の助けもあり、それはみりみりと不吉な軋みを上げて奥へ奥へ――。

「ひぎっ!? かっ、は――っ!!」
 ぶち、と。何かが切れたような音、引き裂かれたような激痛がそこから走った。
 何だ? 今のは何だ?
 涙が溢れて肌を伝い落ちていく。

 胎内への侵入はまだ止まらない。
 広げた両脚。その付け根から胴体が左右に引き裂かれてしまうのではないか、とありえない不安が脳裏を過ぎる。

 コツン、と胎の中で何かがぶつかった。
 その途端、胎の奥で異様な膨張感が急速に膨らむ――。
「くっ……あぁぁっ!」
 顔を仰け反らせ、秋野が吼えるように喘ぐ。
「な、に……えっ! な、なかで――出て……る!?」
 最奥まで侵入したチンポがその身を大きく、そして勢い良く震わせる度、胎の奥に熱い液体がびゅるびゅる吐き出されていく。

 嘘だろ……オレ、男に……自分に犯されて、中出しまで……。
「はぁ……はぁ……く、くく……っ。凄いな、これ。入れた瞬間から堪えるのが大変だったが、片道で決壊してしまった」
 愕然とし、焦点の合わない瞳を彷徨わせるオレの顔や胸に手を這わせ、秋野は恍惚とした笑みを浮かべて一人ごちる。
 その余韻もそこそこに、秋野は腰を引き始めた。

 い、今の、きもち……い……。
 胎を無理矢理押し広げていたものが、それを包み込んでいる粘膜の襞を引っ掻きながら出て行くその感覚。内臓ごと引き摺り出されるようなその感覚に腰全体が悪寒に震え、僅かに開いた唇から嘆息が漏れた。
「かはっ!」
 カリ首まで外に出掛けたチンポが再び、しかし今度は一気に最奥を突き上げた。
 ずん、と重い衝撃が胎の奥を、肺腑を、脳髄を打ちのめす。
「あ……ぁぁぁ〜〜」
 そして再び膣内をズルズル引っ掻かれる快感に、腰が悪寒と別の痺れを交えて小さく震える。
 破瓜の痛みも胎の奥の鈍痛も消えているわけではない。
 だからだろうか。精神が悲鳴を上げて拒絶しようと、痛みではなくキモチイイ方へに縋ろうとするのは。

 抜ける直前まで来るとまた突かれ、そして引きずり出され……深く長いピストン運動。
「ふ、ふふ……信じられない。私の顔が、こんなに淫蕩な表情を浮かべるなんて」
 だらしなく開いた唇を指でなぞられただけで、目元がぽぉっと熱くなった。
 舌先でちろちろと指を突くように舐める。そしてそれを唇で咥えてしまうと、ちゅうちゅうと吸い始めてしまった。
 これには秋野も流石に驚いたようだ。
 オレ自身、何でこんな行動をとっているのか分からない。理由を考えようにも、脳がすっかり蕩けてしまっている。

 もうまともな思考は働いていない。
 だらしなく開いて朱の混じった涎を垂れ流し続ける淫膣を貫き、最奥の子宮を突き上げ、身体の中枢へ狂おしい衝撃を叩き込む熱いペニス。
 それがもたらす女の快感に縋り続けたオレの意識は、今や虜になってしまった。
 喉を震わせて甘い嬌声を上げる事に躊躇う理性は既に消失した。それどころか動きに合わせて腰をくねらせ、快感を貪ろうとする貪欲さすら見せ始めている。
 もはや、性に溺れた雌そのもの。

 やがて秋野の顔から余裕が徐々に薄れていき、何かに突き動かされるように無言で腰を振るい始めた。
「あぁん、はぁ……あっ、あぁ……はぁん、んん……」
 静かなマンションの一室を少女の蕩けきった嬌声と肌がぶつかり合う音、そして結合部から溢れ出た粘液が更に掻き混ぜられる淫らな水音が包む。
 ストロークはそのままに、ピッチが早まり一突き毎に意識がふわふわとして現実感を失っていく。

 突いて……もっと強く、もっと……もっと奥まで……奥まで来て……。
 頭の中で囁く声。
 それに扇動され、オレの心もそれを望んでしまう。
 ペニスの先端で子宮口をノックされる、一生知り得るはずのなかった感覚。
 この快感に悦びを感じてしまったオレは、その先にあるものも望んでしまう。
 そしてそれが間近に迫っている事も分かっていた。
 だからオレは、それをより深く味わおうと行動を起こした。
 簡単な事だ。開いた足を交差させるだけ。
 差し迫るものに追い立てられて猿のように腰を叩きつける男の腰を、この白くて滑らかな脚で抱き締めてやるだけでいい。

「きゃひっ――あ、くっ……ふかぁっ、あ、あああぁぁぁぁぁっっ」
 子宮口を押し潰す勢いで突き入れられたペニスが更に深く抉りこんできた。
 まるでその硬い筋肉の窄まりをもこじ開け、最奥の小部屋にすら侵入しようとしているような……そんな恐怖感と身体の隅々まで征服される事へのありえない期待感とが物理的な圧迫感と綯い交ぜになり、桃色の火花となって脳神経を焦がす。
「うぁ、あ、あ、あっ――」
 柔らかな尻肉に密着している筋張った腰がぶるぶると震え、少年から青年へ移り変わったばかりの声がまるで女のように喘いだ。

 びゅるっ! びゅるるぅ――!
「んくっ〜〜〜〜〜〜〜……っっ」
 注ぎ込まれてる……奥に、し、子宮に、びゅるびゅるって……!
 急速に全身へ伝播していく悪寒と快感。
 白い喉はのけ反り、堪らず肩を掻き抱くが、頭の芯まで痺れる快感の前には成す術がない。
 圧倒的な勢いでオレを飲み込んだ快楽は脳の神経細胞を片っ端から焼き切っていく。
「は……あ、あぁぁ……す、ご……い……ぃ……はン……っ」
 骨から筋肉から、全身のあらゆるものが快楽という名の圧倒的な暴力の余波で快感とも悪寒とも付かない甘い電流に成す術なく痙攣させられている。
 媚肉は未だ胎内に埋まったままのペニスを優しく握り締め、精嚢が溜めた子種を一滴残らず絞り尽くさんと柔らかく撫で上げ続けている。
 すごぉい……おなか、あついので……いっぱぁい……。

 鈴口が子種を吐き出す度、桃色の電流がシナプスをショートさせて小さく痙攣を起こす。
 視界は歪み、限りなく白に近いピンク色に染まってしまった。
 きもちいい……きもち、いい……よぅ……。
 子宮と膣を雄の欲望に満たされる事にこの上ない悦びを覚えつつ、意識は恍惚と白濁の海に緩やかに沈んで行った――。


 ――今思えば、あれは完全に嵌められてたんだよなぁ。
 体操服から女子制服に着替えながら、事の発端を思い返す。
 あの時の事を思い出すのは恥ずかしいやら情けないやら、自分のスケベ心もあれだが無知は罪とは良く言ったもの。

 ぶっちゃけてしまうと、秋野は生理痛の苦しみから逃れるべくオレと入れ替わったのだ。
 秋野彩子はいつの頃からか、気付くと幽体離脱が出来る人になってしまったそうな。
 そしてあの時、今までに無くきつい生理痛に耐えかねて授業中に幽体離脱で逃れてしまった。
 しかしそのまま放っておくと自分の身体が死んでしまうかもしれない。
 でも、戻ってまたあの苦しみに耐え続けるのは嫌。
 そして思い付いたのが、誰かの魂を自分の身体に入れて月経が落ち着くまで維持してもらおう、というとんでもなくぶっ飛んだ逃避策。その白羽の矢が立ったのがこのオレ、強面と体格の良さが災いして普段あまり人が寄り付かない寺門浩介だった。
 具体的にはオレの霊魂を自分の身体がある方向に弾き飛ばし、身体から霊魂が抜けた隙に乗っ取るとか。イマイチよく理解出来んが。

 それ以来、オレは秋野に月経が訪れる度に強制的に入れ替えられ、女性特有の苦しみを肩代わりする羽目になってしまった。
 それどころか、秋野は男のセックスをいたく気に入ってしまい……奴がふと「ヤリたい」なんて思うと所構わず入れ替わり、人気の無いところへ連れ込まれて犯される日々。
 ちなみに今は月経が近づいたのを察した秋野によって早々に霊魂を入れ替えられた。熱っぽい身体と不快感に苛まれつつ、その時がいつ来るのかとショーツに座布団を挟んで戦々恐々としている真っ最中である。

「秋野さん。さっき窓から覗いてた男子って、寺門君たちだよね?」
 身を縮めつつちょっとおどおどと話しかけてくるのは、同じクラスの女子生徒。
「へ? ああ、多分……ね」
 そう答えるオレはどういう表情を浮かべているものやら。
 オレと入れ替わった秋野は何を考えているのやら、小学生の男児が思いつくようなクソくだらない悪戯を嬉々としてやり始める。  しかも何故か数名の男子生徒も伴ってくるのだからますます意味が分からない。

「あんなのと付き合ってるなんて、ホントはそう言えって脅されてるんでしょ?」
「そ、そんなこと無いってばぁ〜」
 あははっ、と笑ってみせたが自分でも分かるくらい乾いてるなぁ……。

 奴はオレの身体に溢れる『男の体力』に心酔しているのか、それを妙に誇示したがる。
 その一端として、秋野の身体に入ったオレを人目を気にせず手を引いて強引に引きずり回す。
 お陰で秋野彩子は寺門浩介に脅されているとか、性奴隷にされているとか、ある意味間違ってはいないが不穏当な噂が立つようになってしまった。
 それは色々不味いと悩んだ挙句、「私(オレ)は寺門君と付き合っています」と宣言したのだ。
 勿論、勢いで発した口から出任せ。後で秋野に散々嬲られたのは苦々しくも甘い思い出。
 それからと言うもの、オレは周囲から注がれる訝しい目を少しでも和らげるべく、双方の身体で愛想を振りまくようになった……オレ、なんでこんな苦労をしているんだろう。

「彩ちゃん、ケータイ鳴ってるよ」
 と、机に置いたケータイを別の女子生徒が指し示した。
「あ、ホント。メールだ」
 それを手にとって蓋を開ける。発信者は『浩介』、つまりオレに入った秋野。
 そのメールを展開してピキ、と固まってしまった。

『コミュニティを拡げるな。どっちに入っても一々話しかけられて欝陶しい』

  本文は至ってシンプル。
 そう。オレが必死に修繕した周囲との関係を、秋野は片っ端から破壊して回るのである。
 周りは一応、寺門(秋野)は機嫌が良い時と悪い時の落差が激しいと受け止めているようだが、そういう認識に落ち着かせるまでは生きた心地がしなかった。
 オレが秋野と入れ替わると雰囲気で分かるのだろう、話しかけてくる生徒が目に見えて増える。「彩ちゃん」と気安く呼ばれることなど、オレが入っている時以外ありえない。
 そんな気苦労を乗り越えた結果、今では周囲に着替え中の女子生徒が溢れていても興奮も覚えなくってしまった。
 これは男として看過できない危機ではなかろうか。


 寺門浩介、十七歳。もうすぐ高校三年生。
 性交渉経験は急増中だが、魂は未だに童貞である。

< 完 >


初稿 2006.12.22
更新 2008.09.09

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