第二十三話 もふもふと家庭の事情

 動くことも儘ならぬガッカリ極まりない列車の旅は、ひとつの区切りに差し掛かっている。
 ジャネットとの別れだ。
 猫の気質なのか育ちを気にしたのかは分からないが、仲間との関わり合いに一線を引いて気付くといつも一人姿を眩ませていた。
 その線もこの約半年の間に大分薄くなったと思う。言葉は乱暴で所作には粗雑さばかりが目立つが、翻ってみればそういう面をさらけ出してくれるようになったということだと考えている。少なくとも出会った当初から世話焼きだったというテレーゼとカタリナにはぐちぐちと文句を垂れながらも懐いているようだし、歳の近いプリムとも会話は少ないがよく一緒に居る。
 最初に見たときは痩せ細り、髪も肌も尻尾もボロボロでみすぼらしいという痛ましさと凄惨さが先立っていた。それも長い旅の中で改善し、ツンと小生意気そうに上向いた鼻とシャープながらも可愛らしく丸い顎、翡翠色に輝く大きな瞳が特徴的なちょっと人目を惹く少女に成長している。
 自画自賛ではないが、食事には気を使っていたつもりなので多少は貢献出来ていると思う。他の娘たちもかなり改善出来ていたし。
 そのジャネットだが、散々オモチャにされたようで今は目の前のソファに頭から突っ伏している。
 その身を包む衣服は彼女が好んで着ていた簡素で飾り気の無く、露出の少ないチュニックとフレアパンツとは正反対なもの。成熟にはまだまだ遠い少女を飾っているのは露出多目で、ほんのり膨らんだ胸元を黒のチューブラートップスで強調するなど大胆なもの。他には薄っすら向こう側が透けたジャケットと同じ布地で誂えた八分丈絞りのパンツ、編み上げサンダルとちょっと背伸びをした感じで、色っぽいというよりも可愛らしいという印象が先立っている。

「ぱんつ見えてんぞ」
「うっさい。見んなばか」

 透けて見えるが実は下着は見えないようインナーが備わっているのだが、それを糺す気力も尽きているらしい。ソファから垂れた灰色の尻尾が床に着くか着かないの辺りでゆらゆら揺れて、その先に結い付けれた赤いリボンと金色の鈴がコロン、コロンと軽い音色を奏でている。
 安静に過ごして会話が億劫ではなくなる程度には回復した。他の奴が今の俺と猫娘を見比べると、おそらく後者の方が消耗しているように映るだろう。

「ねー、レン。前から聞きたかったんだけどさ」
「あん?」
「なんでヒトになりたいの?」

 ソファの座面からムクリと顔を上げたジャネットは気怠げながらも好奇心をしっかり宿した緑の瞳をパッチリ開いて問うてくる。その目を見ていたら毛糸の玉を投げ与えたくなるが、残念ながらそんなものはない。

「家に帰るためだ」
「レンの家って何処?」
「日本って所だけどな、どうやったら帰れるのか分からないんだ」
「分からないって、じゃあどうやって来たのさ?」
「分からん、気付いたらお前たちと会った村の南で行き倒れてた」
「なにそれ……じゃあレンもあたしたちと同じなんだ」
「そーいうこったなぁ」

 大きな瞳が更に大きく、真ん丸に開いてパチクリと瞬きを繰り返す。
 その様子は好奇心をいたく刺激されたように見えるが、同時に釈然としないものも混じっているようだ。

「でもなんでトカゲのままじゃダメなの?」
「うん、俺の住んでた所はヒトしか居ないんだ。トカゲのまま帰っても普通に生きてはいけない」
「ヒトしか居ない所でレンはトカゲに生まれちゃったの?」

 そーきたか。
 いや、普通にトカゲやら獣人やらが闊歩しているこっちの常識からすればあながち外れた発想でもない。ヒトしか居ない所と言われても、俺というトカゲがここに存在する時点でピンとこないのは当然と言えば当然なのだ。

「そういうわけじゃないんだが、今は似たようなモンだな」
「良くわかんないけど、大変だね。でもレンが住んでた所なら、ちょっと行ってみたいな」
「止めといた方がいい。日本にはトカゲも居なければ、獣人も妖精も居ないからな」
「ええっ!? じゃあ真人と鬼しか居ないの?」
「いいや、鬼も居ない」

 鬼ってのは頭部に角が生えていたり、翼があったり、血を吸ったり、魔眼が備わっていたりとバリエーションは様々だが、何れも何処かで聞いた覚えのある特徴を備えている連中だ。
 地球の民話では世界各国で数多く登場しているから、もしかしたら大昔は居たのかもしれないし、今でも人に紛れて隠れ住んでいるのかもしれない。どっちにせよヒト以外には暮らしにくい世界であることは間違いないのだから、その辺りの考察は今はどうでもいいことだ。
 因みに真人ってのは地球で言うところのホモサピエンス的な、所謂ヒトを指す種族名だ。

「変な所だね」
「そーだな」

 俺からしてみればこっちの方がよっぽど変な世界なのだが、風土が違えば常識も考え方も何もかもが変わるのは実体験から得た数少ない見識だ。いちいち元の世界だとか日本の常識から外れているなんて事で躓いていたら、全く身動きが取れなくなってしまう。

「じゃあさ。帰るトコまででいいから、着いてっていい?」
「は?」

 もう故郷は目と鼻の先にあるというのに、突然何を言い出すのか。間抜けな声が出てしまったが、何故だか緑の瞳をワクワクと輝かせている猫娘を前にしては些細な事だ。

「いや、おま、今から家に帰るんだろ」
「だってウチに帰ったってつまんないんだもん。あたしンちって兄弟が多いからさ、親だって食わせる子が増えたら困るんだって」

 まだ年端もいかない小娘の口から出るには、なんとも生々しくも厳しい現実だ。大分慣れたつもりだったが、やはり魂にまで染み付いた日本での慣習や考え方というのはなかなか変えられないらしい。
 それでも俺たちは皆を故郷へ帰すために協力し、旅をしているのだ。それは大事な娘を奪われた家族の悲しみを解消させる事でもある。

「だったらお前も稼げばいいだろう。折角トリーシャに鍛えてもらったんだし、術装器(スペルノーツ)だって持ってんだから」
「こんなの持ってるなんて知ったら、次の日には親父の酒に変わってるよ!」

 むぅ、と唇を尖らせたジャネットの言葉には密かな悲壮感が入り雑じり、奇妙な説得力を以て訴えかけてくる。彼女が持っているような汎用性の高い術装器(スペルノーツ)は簡素なものでも割と高額だ。売れば確かに幾ばくかの金にはなるが……。
 でもコイツはまだまだ学校に通う歳だ、将来のために学ぶべき事はたくさんある。
 だがこの考え方自体が日本という豊かな国柄で生まれ育った俺という異邦人の偏見から出たものだ。将来のための勉学よりも今日の空腹を満たす為の日銭の方が優先されるという人々は大勢居る。むしろそちらの方が多いだろうことは、知識としてもこの世界での実体験としても知っている。

「でも一度は帰れ。それでこれからの事を家族とちゃんと話をして、それから行動しろって。心配させてんのは間違いないんだし」
「その間に術装器これ盗られちゃったらどーすんの」
「盗られないように四六時中肌身離さず持ってろよ」
「無理だよ! 親父(あいつ)プロだもん! 守りきれる自信無いッ!」
「お、おう……」

 お前ンちの稼業ってどんなんだよ! と突っ込みたかったが、チキンな俺には出来なかった。
 そういう事なら、と言い出しそうになったがやはりダメだ。帰すと家族に知らせている手前、反故にするわけにはいかないからな。
 でもジャネットのこれからに重要な役割を果たすであろう術装器(スペルノーツ)を数日分の酒代で無為に消費させるわけにはいかん……。

「仕方ねぇ……術装器(スペルノーツ)はしばらくプリムに預かってもらえ」
「ベルオーラまでどーやって行けってのさ?」

 ベルオーラはプリムの故郷で、この鉄道の沿線上にある商業都市だそうだ。カスハール州候に貰った通行証があるから列車に乗っていれば楽に辿り着ける、と言いたいところだが、半島の東側にある上に国境を越えなければならないので通行料も払わねばならない。結構な金額が掛かるのだ。

「…………それは」
「それは?」
「テレーゼに相談しよう」

 日本では前払いで時間と席を指定して予約出来るサービスがあった。たぶんこっちでも似たようなことは出来るんじゃなかろうかと思うのだ。この部屋でカタリナが待ち構えていたみたいにな。
 しかしジャネットには問題を棚上げしたように見えたのだろう、すんごく微妙な目でこちらを見つめている。頼りないのは今更なので弁明はするまい。

「まぁいいや。ちゃんと話をつければ良いんだよね?」
「まーな。でも俺とトリーシャしか居なくなるから、今までと違ってすんげぇ苦労するぞ?」
「ウチに居るよか全然マシだよ」

 本当にこいつンちってどんなんだよ。
 こいつの兄弟たちがまともに育つか不安になるな、会ったことないけど。
 ウチの妹も家から出たがってはいたけど、ここまで嫌がってなかったぞ。

「約束だからね、忘れたとか言っても着いていくからね」
「分かった分かった」

 じとーっとした疑惑の視線を浴びせてくる猫娘には尻尾を持ち上げて応えてやる。
 太くて重い割には可動域の自由度はなかなかのモノだ。慣れるのには苦労したが、今では第三の腕か足な感覚で扱えるようになった。
 ますます人間から離れたような気がする……。
 その尻尾の動きに気をとられたらしくジャネットの半目がきょろ、きょろ、と尻尾を追って動いていた。そして何を思ったのかぺたんと折れていた耳がピンと立ち、緑の瞳がキラキラと輝き始める。
 なんか嫌な予感がして尻尾を下ろしたが、ジャネットの熱視線は変わらない。そしていったいどうやったのか、奴の身体が突如跳び上がった!
 背を丸めて高く跳んだ身体は放物線を描いてこちらへと迫る。
 その様はまさしく獲物へ襲い掛かる獣そのもの。
 反応は出来ても、寝そべった姿勢では回避も反撃も儘ならない。咄嗟に出来たことといえば腕で頭を庇うくらい。

「もふらせろーッ!」
「ぬわっ!?」

 襲撃者の手は腕が庇う頭部には目もくれず、太く無防備な頚に襲い掛かった。そして持ち上げていた腕の下へ潜り込み、抵抗する暇もなく懐へとするするとその身を捩じ込んでしまう。

「あぁ〜、柔らかくてもふもふだぁ」

 腕と頚とが作る隙間に身を納めてしまった猫娘は頚にしがみつくと、その顔を柔らかい羽毛に埋めて何やら感極まったような声を上げた。

「……何してんだよ?」
「プリムがレンの羽毛がふわふわでもふもふで気持ちいいって言ってたからずっと気になってさぁ。カタリナも癒されるとか言ってたし……あー、ホントに良い匂いがする〜」
「なんだそりゃ……あっ、バカおめぇ! ボタン外してんじゃねぇ!」

 まるで幼児返りしたように「もふもふ〜」などとほざく猫娘は、どう抵抗しても全く引き剥がせない。そうこうしているうちに列車散策を終えた連中が部屋に戻ってきて、プリムとラウラまでもふり始めやがった。
 そんな俺的修羅場を残り三人は何故か微笑ましげに眺めてやがるし、見てないで助けやがれコンチクショウめ!


 そんなこんなで列車は最初の目的地である国境付近の街、セルジュに到着した。港町から列車で二日の位置だ。
 この地方では結構古い街らしく、ジャネットの家族はここの下町に住んでいるという話だ。
 ジャネットを家族の元へ送った後は一泊し、明日には再び列車に乗って東へ向かう予定になっている。というのもこのセルジュという街はあまり治安の良い所ではないのだそうだ。俺はともかく、年頃の娘ばかりが集まったパーティなどその道の輩から見ればカモ以外の何物でもない。

「レン、顔が引き攣ってるよ。大丈夫?」

 プリムが訊いてくるが、答える余裕は全くない。
 停車した列車からホームへ降りたが、降りなければ良かったと非常に後悔している。点検のためにどのみち追い出されていたとか、そんなことは今の俺にとってどうでもいい。
 昨日よりマシになったと思っていた体調が、ここに来て急変した。
 具体的には下っ腹が痛い。とんでもなく痛くて息が出来ない。まるで内蔵をギューッ! と絞るというか、万力で潰されているみたいな激痛に突如襲われたのだ。
 羽毛に覆われていなければ、今にも死にそうな青褪めた顔が晒されていたのは間違いない。
 コンクリートっぽいホームを歩いているのだが、脚がガクガクと震えて力が入らなくなり、ついには蹲ってしまって前へ進めなくなった。

「レン? また気分が悪くなった?」

 突然座り込んだ俺の様子に気付いたトリーシャが顔を覗き込んでくる。
 それに答えることはやはり出来ない。喘ぐように細く呼吸を続けるだけで精一杯だ。
 俺たち三人が立ち止まった事で他の四人も異変に気付いたようで、蹲った俺の周りに歩み寄ってくる。

「参ったね、ベルオーラまであと少しだってのに……」

 脚だけでなく全身が震え始めた俺の首から背中を優しく擦りながら、テレーゼのやや焦燥した声が上から聞こえる。
 テルマス滞在中に一度医者に診て貰ったのだが、その時は長旅の疲れが原因だろうという話だった。だから一月もの期間を休息にあて、確かに幾らか改善したのだ。
 しかしここ最近の体調不良は何かが違う。そしてこの激痛が決定打だ。ベルオーラに到着すれば落ち着けるだろうから、そこで医者に診て貰ってまたしばらく静養しようという話をしていたのに。

「ったく、ホントに……他人の心配をしている場合じゃないって言ったでしょうが……!」

 背中から腰を擦りながらカタリナが泣きそうな声で毒吐いているが、こうして結局迷惑を掛けてしまっては反論の余地もない。

「じゃ、ジャネットぉ、お医者さんは〜っ?」
「あ、あたしが知ってる医者なんて、近所の呑んだくれくらいしか居ないよ!?」

 漫画や映画だと下町で隠生する埋もれた名医とか、そういう物語のキーマンとの邂逅イベントが開始されそうな状況だろう。しかし現実は非情だ。仮にその呑んだくれが名医だったとしてもここまで引っ張って来れるとは思えない、酔っ払い故に。
 周囲で仲間たちがてんやわんやと慌てふためいている間にも、腹の激痛はのっぴきならない状況へと推移していた。股の間から何やら体液が流れ出てきて止まらない。最初は激痛のあまり失禁したのかと思ったが、収まる様子がないし特有の尿臭さが無く、どちらかといえば生臭い。
 激痛にも変化が生じている。それまでの絞られるような感覚に加え、抉じ開けられるようなメキメキと軋む感覚が加わった。
 それは何か大きなものが腹の中にあり、それを排出しようとしているのだと何となく理解した。確かにこのところお通じが悪いような気はしていたが、まさか溜まりに溜まったブツがここにきて一気に下ってきたとでもいうのだろうか。一緒にモツまで引き摺り出されてしまいそうな感覚に、便秘って実はこんなに恐ろしいものなのかと身も心も震え上がる。

「これって……いや、でもレンはトカゲだし……」
「何をブツブツ言ってんの?」
「え? ああ、何でも……あ、ジャネットとラウラはタオルと毛布とお湯を貰ってきな!」
「へ? お、お湯?」
「桶にいっぱい貰ってくるんだよ、早く!」

 テレーゼの切羽詰まった声に押されてばたばたと駆け出していく音が聞こえる。
 便秘の処置に大げさな、などと激痛と恐怖に震えている自分の事を棚に上げて思ったが、公衆の面前でブツをヒリ出そうとしているこの現状に今更ながらに思い至った。でもここから一歩として動く事が出来ないのだからどうしようもない。腹から出てくるブツも止まらないし、止められない。何の羞恥プレイだ、周囲にも傍迷惑過ぎる。
 ミシミシ、メリメリととんでもなく不吉な軋みを伴い、でかいモノが内側を押し広げて少しずつ進んでいる。進む毎に拡げられた箇所が断末魔の如き激痛を叫び、俺の喉からも鳥の首を絞めたみたいな悲鳴が迸ったと思う。もう何もかもがどうにもならなくて、自分の状況すらはっきりと認識出来なくなっている。
 俯き、擡げていた頭はいつの間にか上を向いているし、大きな顎はパクパクと声にならない絶叫を上げながら必死に空気を取り込んでいる。手は片方ずつをトリーシャとカタリナに掴まれ、両脚はブルブル震えながらも踏ん張り続けているようだ。
 その両脚の間が引き裂かれ、巨大な杭でも打ち込まれたかのような異物感を覚える。プリムが尻尾を抱き抱え、その下に潜り込むように位置取ったテレーゼがそこを覗き込んで「なんてこった……」と絶句していた。

「レン、もうひと踏ん張りだ! 気力を振り絞んなッ!」

 そう驚愕していたのも束の間、納得のいかない何かはとりあえず棚に上げたらしいテレーゼがいつものはっきりした声で檄を飛ばしてくる。そして股間へと両手を伸ばして排泄口を押し開く。
 当然だが、俺にはそんな所をガン見されて悦べるようなハイレベルな性癖はない。ぱんつ穿いてないがデフォルトなトカゲであろうと、恥ずかしいものは恥ずかしい。何なんだ、この公開処刑。ゴッド、俺はあんたの気に障るような粗相をしでかしたのだろうか? 既に死んでるらしいから答えようがないかもしれんが、答えて貰わなければ納得がいかない。
 排泄口を限界以上に拡張して頭を出したらしいブツをテレーゼは躊躇い無く両手で掴み、息む俺の呼吸に合わせて慎重に引っ張り始めた。何か大声で呼び掛けているらしいけど、自分の鼓動の音で頭の中がいっぱいになってしまって、何て言ってるのか分からない。
 息み過ぎて頭の血管がぶち切れそうだ。しかし立ち止まる事も退く事も許されないのなら、前へと踏み出すしか為す術はない。浅くピッチの短い呼吸のリズムを整え、強張った身体から力を抜いていく。
 テレーゼの言う通り、このでかいのをヒリ出してしまえばこの苦悶から解放されるのだ。あとひと気張りでどうにかなるならば、やってやろうじゃないか。
 呼吸を小気味良くリズミカルに刻み、血と共に身体中を巡るマナを感じ、張り詰め強張った筋を極力弛める。呼吸、マナ、筋肉――それら全てのリズムを同調させ、ふん――! と下腹に力を込める。
 ……少し出てきた気がする。でもまだまだ全部が出るには遠く及ばない。どんだけでかいんだコレ?
 こうなりゃ何度だってやってやる! と半ばヤケになりながら呼吸を整え、息むのを何度も何度も繰り返した。それからどれくらい経っただろうか、限界を越えて拡がった排泄口からズルリと巨大な物体が引き摺り出され、圧迫されていた腹の負荷が一気に消失した。
 辺りに響き渡る、小さいながらも力強い泣き声。
 力尽きて今にも崩折れそうになったところに虚を突かれ、その泣き声の出所と思しい箇所、即ち股座の辺りを覗き込んだ。

「え、え〜っと……げ、元気な女の子デス?」

 そこには俺の身体と臍の緒で繋がっている産まれたばかりの赤ん坊が、困惑した顔のテレーゼに抱き抱えられて本当に元気な産声を上げている。
 その光景を正確に、かつ瞬時に認識するには俺のキャパシティはあまりに容量が不足しており、思考を停止させるには十分過ぎる破壊力だった。



 俺はともかく……そう思っていた時期が俺にもありました。


初稿 2013.08.02
更新

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