第二十二話 思い出になった幼馴染

 荷物の多くをオズバルド商会に残して着の身着のまま脱出してきた俺たちには身分を証明する物がない。冒険者ギルドで登録の照合を行えば出来ない事もないが、下手に証明するわけにもいかない。
 他にも色々と理由はあるが、ビルゴへは闇に紛れてこっそりと訪れることになった。
 先に連絡を受けていたらしく、沖合いに停泊した船に近付いてきた小舟に移って港に降り、用意されていた馬車で街に入る。
 海から見えた港町は宵の口とあって至るところで灯りが炊かれ、薄暗い空を背景に浮かび上がる街の影は幻想的な趣を醸していた。
 街の中に入ればもう夜も更けているというのに行き交う人は多く、活気と喧騒は王都に引けをとらない。ただ街並みは古めかしく雑多な印象を受け、かの都の美麗な様とどうしても比較してしまう。
 だからって何かを言う余裕なんてないけどな。
 船酔いが酷すぎたせいで俯いたまま誰一人顔を上げる者はいない。それなりに清潔感のある客室内には何処と無く酸っぱい臭いが漂い、惨劇の尾は未だ引いていることを物語る。
 馬車が向かった先はカスハール州候の居城だった。
 到着すると俺たちは裏口から通され、賓客を饗すために用意されている客間へと案内された。その豪華絢爛な誂えに呆気にとられながらも裏口から通されるちぐはぐな扱いに首を傾げるが、疲労と船酔いとで働かない頭でどれだけ考えても無駄と悟りさっさと休むことにした。
 ちなみに俺たちが城に入った事を知った州候は今すぐに面会して話を聞く! と、鼻息を荒くしていたそうだが、俺たちが疲れ果てている事と既に時間が遅い事を理由に周囲から宥められたらしい。
 そんなわけで州候との面会は早朝、公務が始まる前に行われた。
 通されたのは州候らの家族が住まう居住区の、それも次期当主の私室だ。調度品は多くないが、そこかしこから発せられる威圧感に押し込められてしまい、意味もなく肩肘を縮こませてしまう。
 仕方がないじゃないか。根っからの小市民にゃ、この高貴オーラとでも呼びたくなるプレッシャーは辛いんよ。たまにトリーシャがこんな空気を作ることがあるけど、こっちに向けて発せられたことはないからなぁ。

「遠路の強行、大義である。このウィルフレド、そなたらの到着を神王とこの地に普く精霊の加護に感謝しよう」
「恐れ入ります。私たちがここまで辿り着けましたのも州候閣下並びにイグレシア閣下のご助力あってのこと。ここに改めてお礼申し上げます」

 部屋で俺たちを迎えたのは茶髪碧目の青年だ。
 パリッと糊の聞いた開襟シャツの上に目に眩しい赤地に金糸の刺繍が施されたウェストコートを重ね、ダークブラウンのスラックスとツヤツヤの革靴を難なく着こなした様はまさに貴公子。彼にしてみればラフな格好なのだろうが、あのアレサンドロを上回る高貴オーラが必要以上に存在感を強調している。
 そんな青年のオーラに臆した様子もなく、テレーゼは当然のように言葉を返す。俺は完全に呑まれて口が半開きなまま生唾すら飲めなくなっているというのに、相変わらず肝の据わりが違いやがる。
 それはウィルフレドと名乗った彼も意外だったようで、一瞬だけ目を丸くすると次の瞬間には悪戯小僧を思わせる楽しげな笑みを端正な相貌に滲ませた。

「堅苦しいのはこれくらいにしよう。正式な面会ではないのだ」

 そう気さくに笑って椅子を勧めてくるが、高貴オーラが消えることはない。ありゃあ生まれた持った無自覚なモノなのだろう。
 むしろこの部屋に高貴オーラで充満していて居辛さが半端じゃない。青年の私室という軽く見積もって四十畳くらいはありそうなこの広間には彼の両親と思しき中年の夫婦が固い表情で押し黙って椅子に腰掛けているし、他にも正装ではないが仕立てのよい衣服に身を包んだ男女十数名が壁や夫妻の周囲を守るように佇んでいるのだ。
 その注がれる眼差しには刺すような鋭いものが少なからず感じられ、更なる緊張を強いられるのも勘弁してほしい。そもそもにこやかに笑みを浮かべているウィルフレドからして目が笑っていないのだ。怖いなんてモンじゃない。

「分かりました。何からお話しましょう」

 相変わらず全く動じないテレーゼは勧められるままに腰掛け、ウィルフレドを真っ直ぐに見据えて落ち着いた声で尋ねる。
 いや、よく見れば動じた様子がないのはテレーゼだけではない。トリーシャは自身が良い所のお嬢様らしいから堂々としているのはまぁ分かる。しかしカタリナとラウラも緊張した様子がないのは意外だ。それどころか何やら慣れた感すらある。

「事の顛末はイグレシアの御曹司より報告を受けている。王都での出来事と……」

 スッと尖った形の良い顎を摘まみ、ウィルフレドは俺の傍らの椅子に座っているカタリナへ視線を向けると痛ましげに眉根を寄せた。しかしすぐに視線を外し「そちらは後で聞こう」とテレーゼに報告を促す。

「はい。まず我々が王都を訪れた経緯ですが――」

 ここに辿り着くまでに俺たちを見舞った数々の理不尽を、テレーゼは包み隠さず淡々と語る。
 部屋に居並ぶ面々は彼女の言葉を静かに聞いており、その表情は一様に厳めしい。特に州候は噛み締めた顎がプルプルと震えているし、隣の奥方は手に握った羽扇子が完全に変形してしまっている。自分が責められている訳ではないのに、なんだか糾弾の矢面に立たされているような気分だ。

「クアドアド……戻ってきているとは聞いていたが、このような形で動くとはな」

 そう重々しい声で呟いたのは今までずっと沈黙を守っていた小太りのおっさん、カスハール州候だ。
 そのふっくらとした丸顔は血色が悪く、隈の浮いた目は血走って爛々と強い光を宿し、鬼気を迸らせている。その凶相に失踪した妹の写真を手に駅や学校で連日聞き込みを行っていた親父の顔がふと重なり、なんとも言えない痛みが胸を締め付けた。

「何者ですか?」
「長らく外事に携わっておった影の者よ。大陸を引っ掻き回しておったがバルドアの小僧にとうとう尻尾を踏み抜かれたらしくての、処分される前に逃げ帰ってきおった」

 尋ねたウィルフレドにそう答えると、州候は肺に溜まった呼気を長く深く吐き出して瞼を閉じる。
 それにしてもあのおっさんの事、この貴公子も知らなかったとは。カタリナやラウラが知らなくても無理はなかったというわけだ。
 それにしても逃げ帰ってきたというのが気になる。そういう曰く付きの人物ならば、たとえ本国に逃れたとしても後顧の憂いを断つ意味で早々に消されてしまうのではなかろうか。そういうシビアな世界で生きてきた訳ではないから詳しいところまでは分からんが。

「敵に回るならば厄介ですな」
「味方でも扱いに苦慮しそうではあるがな。主犯はカタロニアだろうが、裏で糸を繰っておったのはそやつだろう」

 聞けば聞くほどに、なぜあの場に姿を現したのか謎である。あの行動にも何らかの意図があったと思うべきか。
 ふと離間の計という言葉が脳裏を過ったが、誰と誰を仲違いさせるのか思い当たらなかったので胸の内にしまっておく。

「この話はこれくらいにしよう、そなたらも疲れておろうからな」

 そう言ったウィルフレドは、ずっと黙ったままの州候夫人へ視線を向ける。
 その意図するものを受け取ったらしい州候夫人は手にした羽扇子を広げようとして、その有り様に今更気が付いたようだ。手の中のそれへ視線を落とした目が一瞬大きく見開いたが、何事もなかったかのように膝の上に置いて顔をこちらへ向ける。

「人払いを。私はこの子と二人きりで話がしたい」

 夫人の言葉でこの場は解散となり、俺たちは与えられた部屋へと戻される。ヒーリング役が外れて大丈夫だろうか、と思ったがイグレシア領に入ってからはきっちり治療を行っているからそれほど長い時間でなければ平気だろうと部屋を出た。


 州候との面会を果たした日から一週間後、俺たちは旅支度を整えて街を出た。
 荷馬車をはじめ王都に残してきた物は全てオズバルド商会が引き取り、借り受けていた|術装器《スペルノーツ》等の装備品と相殺。余剰分は一緒に預けていた銀貨分に上乗せすることで精算した。一緒に旅を続けた馬たちとの別れは寂しいが、ここから先は馬車を使うような機会は少ないらしい。あいつらが良い飼い主に巡り会えるよう願おう。
 通行証については州候が手配してくれた。今度のは紙や羊皮紙ではなく硬質透明な素材不明の小振りなプレートだ。北方の国々ではこちらの方が一般的らしく、国外へ出るという俺たちの事情に合わせてくれたのだ。
 カタリナが本調子なら「どんだけ以下略」と何時ぞやのように吠えたことだろう。
 そのカタリナはといえばあの後、報せを受けて城へ駆けつけてきた両親と再会を果たし、実家へと帰っていった。その場にはテレーゼだけが立ち会い、あれほど騒がしく賑やかな仲間との別れにしてはあっさりとし過ぎて、寂しいというより納得がいかない。
 そう、納得がいかなかったのだ――そして今も。

「おめーよぅ、家に帰ったんじゃなかったのかよ」
「帰ったわよ」

 無事とは言えなかったが、カタリナの両親からは娘を送り届けた謝礼を様々な形で受け取っている。旅支度の物資を融通してくれたり、先々利用する交通機関の手配などを代行してくれたりと随分と世話になった。
 国境を越えるために再び船に揺られて地獄を見る羽目になったことについて色々と思うところはあるが、これまでの経緯を考えれば呆気ないくらい平穏にエスぺリアを出国することが出来たのだ。
 アストリアスの港町に降り立った俺たちは一泊した後、東へ向かうために鉄道の駅へ向かった。何両もの車両が連なった偉容に圧倒されつつ指定された客室に入ると、ソファに深く腰掛けて足を組んだ非常に見覚えのある先客が待ち構えていた。
 最初は呆然としてしまったが、ふと心当たりがあることに気づいてテレーゼを振り返る。と、彼女は誤魔化すような曖昧な笑みを浮かべて視線を逸らした。

「いやね、あんな事があった後だしエスぺリアに残るってのも危ないじゃない? だからこの子とご両親が一緒に居る時に、ほとぼりが冷めるまでは国を離れちゃどうかって提案したんだよ」

 次々と注がれる視線の集中砲火に圧されたテレーゼば、両手と尻尾をパタパタ振りつつ弁明を始める。
 言い出せなかったのは分かる。ちゃんと別れを告げられず、でも状況が状況だからといろんな感情を飲み込んで何も言わなかったが、皆の様子は目に見えて暗く落ち込んでいたからな。サプライズを狙ったとか、そういうことではないのは間違いない。

「こっちも色々ありすぎたから、ちょっと落ち着いて心の整理をしたかったのよ……その、何も言わなかったのは、うん、ごめんなさい」

 こちらの微妙な空気を察したようで先客、カタリナもばつが悪そうに明後日の方へ顔を向ける。すると廊下に屯した仲間たちの口から溜まりに溜まった疲労が漏れ出たような深い溜息を吐いた。
 と、その時、俺と開いた扉の隙間に小柄な身体が強引に分け入り、押し退けて部屋の中へと飛び込む。それはソファのカタリナへと一直線に駆けていくが、そっぽを向いているカタリナは反応が遅れた。垂れた耳がピクリと持ち上がり、きょとんとした顔が接近するものを捉えるが身構えられるだけの余裕は無い。声を押し殺したそれは床を蹴り、カタリナへと飛び掛る。

「ふぐぉ――――ッ!?」

 うら若い乙女の口から出たとは思えない苦悶の響きが部屋を突き抜けた。
 飛び込んできた少女を胸でモロに受け止めてしまったカタリナの顔は見る間に青褪め、その身体は小刻みに震え始める――あ、ヤバイかも。

「プリム、それはマズい」

 俺の声でハッと我に返ったプリムはカタリナの切羽詰った蒼白の顔を見上げ、己の仕出かした所業に今更気付いたようだ。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん――――」

 同時にパニックにも陥ってしまったようで、カタリナの身体にしがみついて泣き出してしまった。普段ならば微笑ましい光景も、今という状況では拷問と呼ぶ以外に形容のしようがない。
 慌てて駆け寄り泣きじゃくるプリムを引き剥がした頃には、カタリナは泡を噴く寸前で失神していたのだった。


 そんなひと悶着で幕を開けた鉄道の旅だが、それから先は平穏そのもの。というか俺以外の奴らにとっては暇だっただろう。
 カタリナの両親が用意してくれた客室はスイートとまではいかないものの、揺れは少なくゆったりと寛げる結構な部屋だった。このままホテルにして日本に持ってきても十分通用するレベルだと思う。
 その部屋には今、俺とカタリナしか居ない。他の連中はトリーシャが見つけた、列車の売店とはとても思えない豪華なブティックに押し掛けている。今頃、次に別れを控えているジャネットが生け贄になっていることだろう。このところは特に鬱憤が溜まっていただろうから、特に凄惨なことになっているに違いない。
 今の俺に気にする余裕は全くないが。

「あんたさぁ、他人を心配する前に自分の方を気にしなさいよ」

 カーペットの上でぐてっと寝転がった俺に、カタリナが呆れたような視線を向けてくる。
 それも仕方がない。俺も自分が情けなくて涙も出ねーし、反論を口にするだけの気力もない。
 元々の体調は悪かったが、ここ最近の無理が祟ったのか今まででも最悪な状態になっている。具体的には目眩と吐き気が酷い。加えて脱力感と倦怠感で目を開けているのも億劫なくらいだ。
 ヒーリングも全く効果が無く、出来る事は寝転がって復調するのを大人しく待つ以外にない。あー、心臓の音が異様に大きく聞こえてうるせー。
 そんな感じでへばっている俺を見下ろしていたカタリナは静かに目を閉じると、小さく溜息を吐く。そして「これから喋ることは独り言だから」と、呟きにしては大きくハッキリとした声で喋り始めた。

「ジャンヌと最初に出会ったのは初等部に入った時だから、十三年くらい前だっけ。あの頃は|ジャンヌちゃん《ジャネット》って呼ばれててさ……」

 組んだ足の膝に両手を重ね、彼女は目を閉じたまま天井を見上げて語る。

「外見はまるでお人形みたいですっごく可愛いいんだけど、性格がもー最悪だったんだよね。何ていうの? 世界はアタクシを中心に回ってるのよ、とか当然のように宣ってさ。顔を会わせた時にハッキリ思っちゃったんだ。あ、こいつは敵だって」

 それは確かに独り言なのだろう。
 目が合った瞬間、双方が同じタイミングで手を振り上げていたこと。それらしい理由すら明確でないのに手で口でと毎日ケンカを繰り返していたこと。騒動ばかりを起こすので教師をはじめ大人たちからは常々お説教を食らっていたこと。
 時折、その当時を思い出してやや感情が昂るような事もあったが、それはここには居ない誰かへと向けられている。俺はそのついでに聞いているだけ、だからこれは確かに独り言なのだ。

「高等部を卒業した途端、ジャネットに縁談が入ったって聞いたんだけど、貴族同士なら特に珍しくもないからふーん、て聞き流してた。それよりも相手が何処の誰で、どのタイミングで猫を引っ|剥《ぺ》がしてやろうかって、そっちの方を先に考えてた」

 クスクスと思い出し笑いを漏らし、騒がしくもおそらく充実していただろう当時を懐かしむカタリナ。彼女の語る思出話を聞きながら、記憶の奥底に押し込めて蓋をしてしまったものが疼くような感覚を自覚している。
 目を背けたくてもひとりでに脳裏に浮かんでしまう勝ち気な表情を浮かべた生意気な顔、そしてあまり記憶に無い筈の青い羽毛に覆われた優しそうな顔。その何れもが何かを訴え掛けてくるようで、胸苦しくて無意識のうちに喉奥から小さな唸り声を漏らしていた。

「でもさ、相手を聞いて耳を疑ったよ。王族って自分トコの氏族から娶ってるって聞いてたから、何かの間違いだろうって聞き直したよ。そしたら間違いじゃない、て不安そうに笑ってんの。あんな顔を見たのなんて初めてだったから、茶化すのも出来なくて……結婚式も行ったけど、もうジャネットって呼ばれなくて顔がずっと緊張しっぱなしで、なんか痩せてて」

 相変わらず目を閉じたままのカタリナはその目蓋の裏に王太子と幼馴染みが挙げた結婚式の光景を思い描いているのだろう。それまで浮かべていた楽しげな笑みは消え、寂しそうに翳る。

「あの子のあんな姿を見て家に帰ったら、なんか無性に腹が立ったのよね。あんなのは私が知ってるジャネットじゃない、もっと傲慢で横暴で乱暴で……しおらしいなんて全然らしくない。あれじゃ本性を暴露したって、誰にも信じて貰えないじゃない。だから私も王都に乗り込んで、着込んだ猫を片っ端から引き剥がしてやろうって決めたんだ」

 閉じた窓から差し込んだ光がふと彼女の顔を照らすと、頬に一筋光るものがあった。
 それでも語る言葉は詰まる事なく、滔々と流れるように続いていく。

「就職したばかりだっていうのにお父さんに頼み込んで王都の本店に赴任させて貰って、御用商人って事で強引に乗り込んだの。あの子、本当にびっくりしてた。あんなマヌケな顔は絶対に忘れられないわ。忘れろって言われたって忘れてあげない、そのくらいケッサクだったんだもの。
 それからはお城に上がっては商談そっちのけでケンカして、あの子の調子もすぐに戻ったわ。ジャンヌなんて呼ぶもんか、私にとってあんたはずっと|ジャンヌちゃん《ジャネット》のままなんだからって言ったら顔真っ赤にして掴み掛かってきてさ」

 そうカラカラ笑う頬をまたひとつ、光の筋が伝い落ちていく。

「王都に赴任して一年経ったくらいかな、私は同僚と外食して帰る途中で拐われたんだ。この前、おば様に聞いたんだけど……同僚の子は暴行された上に殺されて、商会の玄関口に棄てられていたんだって。私の事は商会も州候閣下も手を尽くしてくれたみたいだけど、行方を全く掴めなかったって。
 私が居なくなってからあの子の調子がまた狂っちゃったみたいでさ、塞ぎ込んでどんどん痩せて……でも私が生きてて、じきに帰るって聞いてからは少しずつ調子を取り戻してたって言ってた」

 多分、アラカンテから送らせた通信連絡のことだろう。
 ムーシアに着いた時はみんな殆ど諦めてしまっていたが、マリアが故郷の恋人と再会出来た事で希望が芽吹いた。すると誰が言い始めたのか知らないが、アラカンテの冒険者ギルドに設置されている通信機で故郷へ己の無事と必ず帰る事を報せたいと騒ぎ始めたのだ。
 それからは新しい街や村に着く度に故郷へ報せを送るのが慣例になった。様々な体験を綴りながら家族や故郷へ想いを馳せる彼女らの姿が少し、いや、ものすごく羨ましかった。

「子供が出来た時は、私が帰ってきた時に自分と同じ名前の赤ちゃんが居たらどう思うかしらね、なんてふざけた事を企んでたんだって。そんな一発芸のネタみたいなノリで名前を付けられたら子供が可哀想じゃないの、て叱ってやりたかった……」

 ぽろぽろと、目尻から零れ落ちていく雫が数を増し、止め処なく流れていく。ようやく目を開いたカタリナは涙に濡れた瞳で俺を見下ろし、力無く微笑んだ。

「ねぇ、レン。ジャンヌとあの子はどうして殺されなきゃいけなかったのかな? 姉さんとトリーシャには理由が分かるみたいだけど、私には分からないよ」

 そう呟くように問い掛ける彼女の顔に、記憶にある色んな顔が次々と重なっては消える。
 めっきり老けこんだ両親に始まり同年代の従兄弟たち、妹と親しかった友人たち、親に黙って付き合っていたという男子生徒、最後にヒトだった頃の俺と、今の俺。
 理不尽ってのはいくら理由を説かれたとしても理解できない、理解したくない事だ。どれだけ自分に言い聞かせたところで、納得なんて出来る筈がない。
 怠い身体を強引に起こしてみたものの、出来たのは首を少しだけ横に振ることくらい。それでも彼女には伝わったらしく、「そっか」と呟いて目蓋を閉じて再び天井へ顔を向けた。


初稿 2013.07.21
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