第十五話 近衛騎士

 犯人の捕縛、それは良い。
 国の機関ではないらしい冒険者ギルドへ王宮からの命令っていうのは釈然としないが、連続殺人犯なんて危険人物が徘徊する街に二人を置いていく事は心残りだったのだ。その決着を目届けられるというのは素直に安心できる。
 だけど囮ってどういうことだ?
 顔面蒼白のジャネットは薄い唇が白くなるくらい固く閉じ、拳もキュッと握って堪えている。しかし大きな緑の瞳は焦点を失ってさ迷い、握った拳もそれを支える肩から小刻みに震えて今にも崩折れてしまいそうだ。
 普段は蓮っ葉で強がっているが、所詮は十五の小娘だ。こんな事態の矢面に立たされたら怖いのは当たり前、正気を失わないだけでも褒めるべきだろう。

「そんなもん出来るわけねー、ってもう言ってるよな?」

 腹の底から熱いものが噴き上げてくるが、それを既に腸が煮えくり返っている最中の相手にぶつけても意味は無い。口を吐いて出てこようとする憤りをぐっと飲み込み、敢えて皮肉った口調に変換して自分を宥め賺すに止める。

「まぁね。でも用意が良いというかなんと言うか……」

 そう吐き捨てるように答えたテレーゼが忌々しげに視線を向けた先、ずらりと並ぶ受付カウンターの一画には佇んだ制服姿の男たちが居並んでいる。
 何れもが一目で仕立ての良さが分かる赤の制服に柄や鞘に美麗な装飾を施した剣を腰に佩き、黒い革長靴で統一され、顔立ちや整えられた髪型からも育ちや素性の良さが窺えた。しかしこちらへ向けるその眼差しにはあからさまな侮蔑や品定めをするような悍ましさ覚え、とてもではないがお近付きになりたいとは思えない。

「あれって……王宮の近衛騎士じゃない!」

 同じく視線を追ったカタリナの口からは驚きの、しかし十分に抑えられた声が上がる。
 今まで全く縁がなく、現代の日本では創作物の中でしか存在していない役職ゆえにエリートなんだろうなくらいしか想起出来ない。あの少女漫画的にキラキラした外見からして当たらずとも遠からずだと思う。

「近衛が出張るような事件ではないでしょうに……」

 ぼそ、と呟いたのはトリーシャ。困惑しているのは他の面々と同様だが、彼女だけはその理由が違っているようだ。

「そうなのか?」
「ええ、彼らの仕事は王侯などの要人警護とそれに付随する捜査任務。市井の出来事については管轄外の筈よ」

 要はシークレットサービスか。
 言われてみれば確かにおかしい……が、さっき聞いた話から一つ気になることが思い浮かぶ。でもそれは今、ここで口にして良い事ではないだろう。

「納得はいかんが、要するにジャネットを守り抜く以外に選択肢が無いってことだな」
「そうね。見ず知らずの誰かを守るより気は楽だけど」

 今はこの話を切り上げてしまおう、と思ったのだがトリーシャの跳ねっ返りには参ってしまう。わざわざあいつらに聞こえるように言わんでも良かろうに。
 挑発された騎士たちは当然と言うべきか色めき立ち、肩を怒らせて詰め寄ろうと動くが、寸でのところで待ったが掛かる。年嵩の騎士が「待たれよ」と重い声で止めると若い騎士たちは我に返ったようにハッとなり、忌々しげにこちらを睨めつけてきた。

「こちらから危険な任務を依頼したのだ。ミルズ嬢の身は我らが名誉に懸けても守り通すと約束しよう」

 若い連中を制した騎士はけじめとばかりに進み出ると、厳かにそう宣言する。
 だがトリーシャには何が気に入らないのか、まるで虫けらでも見下すような目で騎士を見据えていた。

「そう。自分の吐いた言葉なのだから責任は持ちなさいな、期待していないけど」
「この女! 言わせておけばズケズケと――」
「や、止めんか!」
「ここまで侮辱されて黙ってなどいられるか!」
「男子の沽券に関わる! そこに直れ!」
「えぇい、女子供の戯れ言に一々焚き付けられるでない! 我らは一時、この場を辞する。時を改めて打ち合わせるとしよう」

 いとも簡単に激昂した騎士たちはぎゃーぎゃーとまるで躾のなっていない犬のように吠えながら、壮年騎士に押されてロビーから退出していく。
 端から見ればある意味、微笑ましい光景とも見えたかもしれないが、当事者の身としては心臓に悪い。

「ふん……やっと行ったわね」
「お前なぁ……」

 意外に豊かな胸元を押し上げるように腕を組んだトリーシャを半目で睨むと、彼女は悪びれもせずに口角を僅かに押し上げる。
 やっぱり狙ってやっていやがったか。

「どうせ降りれないなら、少しでも有利な状況を作って掛からないとね。そうでしょう、ブルックさん?」

 突然、話の矛先を向けられたブルック氏は一瞬、目を大きく見開いたが、すぐに困ったような曖昧な笑みを浮かべて総髪をポリポリと掻く。

「ここまで来たら一蓮托生、貴方たちだけ逃げようったってそうはいかないわよ」
「参ったね」

 何の事か分からずテレーゼへ説明を求めるが、彼女もまた苦笑いを浮かべて肩を竦めた。

「ここは人目に付きすぎていけないね。場所を変えたいのだけど、用意してくれるかい?」
「いいだろう。お嬢様方の仰せのままに」

 仰々しく一礼して見せると、ブルックもまたロビーから退出していく。
 俺とカタリナは事態に着いていけず、呆気に取られたままその背を見送るしかなかった。


 ギルドでのひと悶着から小一時間ほど。
 あの後やってきたラウラの学校の職員に、これまでの経緯と学業復帰に向けた相談を行った。
 手続きや確認事項があるため少々時間が掛かるが、復学は可能だろうとの返答に安堵し、帰るべき寮へと送り出す……筈だったのに。

「だから言ったでしょう? この街に居るギルド登録者全員に命令が下ったって」

 呆れを隠そうともしないトリーシャの辛辣な視線に突かれつつ、事態がようやく飲み込めてきた俺だった。
 ギルドから場所を変え、今はカタリナの会社が保有する社員寮の小会議室に集まっている。ここには本来ならば日常を取り戻した筈のカタリナとラウラも居り、広くはない部屋には陰鬱とした空気が澱んでいた。

「なるほど、それでおっさんはカタリナを出張名目で街から逃がそうって腹だった訳か」
「そういうこと。悪い手ではなかったけれど、彼らの前で言ってしまったのは不味かったわね」
「今となっちゃ城門を抜けるのも難しいだろうね。バレるリスクを考えたらここに匿ってる方が現実的だよ」
「面目ない」

 椅子に腰掛けて俯いているブルック氏は、どんよりと重いオーラを背負っていた。
 カタリナは申し訳なさそうに肩を縮込ませてチラチラ視線を向けているのだが、逃がしてやりたかったのは俺たちも同じなのだ。
 元より彼女は戦闘が得意ではない。道中も交渉や買付が主な役回りだった彼女をこんな捕り物に駆り出したとしても、危険なだけで良いことは何もない。
 それは多少法術は扱えても戦闘に向かないラウラやプリムも同様で、出来れば安全な場所へ退避させてやりたい。

「じゃあ、情報と状況の確認をしようかね」

 テレーゼがそう口火を切ると、それまで沈んでいただけの空気がピリリ、と布を張るように緊張する。

「といっても大した話を聞けた訳じゃないからブルックさんに知ってる事を洗いざらい吐いてもらうしかないのだけど」

 全員の視線を向けられたブルック氏だが、別段動じたような様子はなく静かに頷いて口を開いた。

「事件が最初に起こったのは一ヶ月程前だったか、学校から帰宅途中だった少女が惨殺されたのが始まりだった。それから日を開けず何人もの人が殺され続けているのだが、全ての事件に共通しているのはジャネットという名の女性が必ず被害に遭っている事と、彼女たちだけが時間を掛けて執拗に苦しみ抜かせた上で殺されている事だ――」

 しばらくは既に聞いた話の確認のようなものだった。
 補足としては場所を全く選ばない点。家に籠っていようが牢の中にいようが構わず殺しに来るという。そして居合わせた者も例外無く殺されているというのだ。

「とばっちりも含めて被害者がとにかく多いのは分かったけど、やっぱり近衛が出張る理由にはならないわね。それも悪名高いあのクアドアド卿まで出て来ているのだから」
「クアドアド?」
「さっきの中年騎士よ……って、貴女たち、どうして初めて聞いたみたいな顔をしているの?」
「だって初めて聞いたんだもの〜」

 尋ねたカタリナもラウラもおっさんには興味がないらしく、へー、という感じで軽く流そうとしているのがありありと分かる。
 その反応がどれだけ意外だったのか、トリーシャは大きな瞳丸くして絶句していた。

「あたし、あの親父キライだ」
「私も……」

 年少組は何か感じるものがあったのだろうか、揃って顔を顰めている。
 俺には派手な制服が似合ってないなぁ、くらいしか印象に残らない地味なおっさんとしか思えなかったが。

「私も大嫌いよ。というかアレを好ましいだなんて思える人はそうは居ないと思うけれど」
「酷い言いようだなぁ」
「当たり前よ。ジャネットを囮にするだとか、私たちが逃げられないように王宮から命令を下させるだなんて、いかにもあの男が考えそうな事だもの」
「はいィ?」

 地味なおっさんは陰険だったようだ。

「あの男は何者だい?」
「私が国許で初めて見た時は外交官付きの護衛だったけれど、あの目立ず印象に残らない外見と手練手管を駆使して陰険極まりない謀略を幾度も巡らせた悪漢よ。私も幼い頃に何度かあいつの息が掛かった刺客に拐されそうになったわ」
「マジかよ、ホントに見掛けに依らないな。そんな奴が何で捕まらずに堂々と国に戻ってやがんだ?」
「外交特権という奴よ。それにあの男自身は大使館から出ずに部下を通して指示を下すだけだったから、処断しようにも尻尾だけを切り離されて奴には届かなかった。本当に歯痒い思いをしたわ……出来るものなら今すぐにでも斬り捨ててやりたいくらいよ」

 怨み骨髄とはよく言ったもの、苛立たしげに一息で吐き捨てたトリーシャの剣幕に俺もテレーゼもたじろぐばかりだ。
 しかしブルック氏はさすがと言うべきか動じた様子もなく泰然としている。いや、柔和な表情を保ちながらも眼光が鈍く鋭い感じがする辺り、彼女の言葉から情報を汲み取り、様々な推測を立てているのかもしれない。
 うん、俺もトリーシャの素性についてはあまり知らないのだけど、ちょっと、いや結構疑問には思っている。

「好意的に考えれば王宮も事件の解決に力を入れているって思えるんだけどね〜」
「あの人たちの目、気持ち悪かった」

 あの舐めるような視線は、例え自分へ向けられたものではないと分かっていても思い出すだに悍気を呼び起こす。あの目を見れば自ら血を流して矢面に立つような覚悟や気概は欠片も無いだろうことは火を見るより明らかだ。
 つーかプリムにまでそういう目を向けるとは、業の深い奴らめ。

「キツイ仕事はこちらへ押し付けて美味しいところだけを掻っ攫おうって腹積もりだろうね」
「でしょうね。その上あの男が陣頭に居るということは、彼らにとってとても都合の悪い状況になっていると思うのだけど。ブルックさん、彼らが必死になってる理由に心当たりは?」

 トリーシャに話を振られたブルック氏はやや考えるような間をおき、抑えた声で言葉を紡ぐ。

「ふむ……あくまで噂だが、王族が狙われたという話を聞いた」
「信憑性は?」
「私個人の見識で良いなら、高いと見ておるよ。狙われる条件に見あった人物にも心当たりがある」

 それが件の『やんごとなきお方』か。

「それって守りきれたのかね?」
「さぁ、どうだろう。だが守りきれたのならば更に防備を厚くして引き篭るのではないか、と思わなくはない」

 面子を潰された以上は形振り構ってはいられない、て事かよ。振り回されるこちらはいい迷惑だ。

「囮って言ってたけど〜、具体的には何をやらせるつもりなのかしら〜?」
「ろくでもない事なのは確実だけど、最低限身を守る手段は用意しておくべきよね」
「そうね、まずは装備を整える必要があるわ――そうよね、ブルックさん?」

 ニッコリと笑みを向けたトリーシャに、ブルック氏は乾いた笑みを浮かべるも、明確な答えとしての言葉は出ない。

「掛かる経費なら近衛騎士団に請求すればいい。こんな無茶を通そうとしているのだもの、貴殿方なら多少の融通は利かせられるのではなくて?」
「分かった分かった、もう好きにしてくれ」

 こうも堂々と居直られては敵わん、とブルック氏は投げ槍に白旗を揚げた。
 それを見据えてトリーシャは満足げに頷くのだが……。

「トリーシャの交渉ってすっごく強引だけどさ、どういうわけか上役相手には成功率が高いよね」
「ありゃあ交渉っていうより恫喝だろ……真似すんなよ?」
「しないわよ」

 カタリナはとても微妙な笑顔を張り付けて、頭を抱える上司の煤けた姿を気の毒そうに見ていた。


 近衛騎士からの呼び出しが掛かったのは日が傾き始めた頃だった。
 その間にオズバルド商会の店舗や武具の専門店へ押し掛けて装備を整えたのだが、使い慣れない装備で身を固めたところで安心感は全く無い。

「術式の登録って面倒過ぎるんだけど……」
「最初から入ってるのじゃダメなの?」
「なんか微妙に違うっていうか、信用出来ない感じなんだよね」

 召集場所として指定されたのは冒険者ギルドのロビー。そこには完全武装の冒険者たちでひしめき合っており、熱気と湿気が充満して不快指数がうなぎ登りに上昇中。
 そんな汗臭い広間の片隅で真新しい短剣型の術装器(スペルノーツ)を悩みながら弄っているジャネットとプリムの姿は、一種の清涼剤に思えてならない。

「あーもう、ダメ! レン、ちょっと手伝って」
「俺も術装器(スペルノーツ)なんて使ったことないから分かんねーぞ」
「あたしよりはマナの扱い方が上手いじゃん。この中に法陣を描いてくれればいいからさぁ」

 そう指し示されたのは中空に浮かぶ半透明の箱だ。
 これはジャネットが持っている術装器の晶核(コア)が表示しているホログラムで、この中に法陣を描き、詠唱を書き込むことで術式を登録出来るのだという。
 ちなみに術式を販売、自動登録してくれるサービスもあるそうだが、今回は時間が無くて使えなかった。

「分かったよ。で、何を登録するんだ?」
「とりあえず防壁(シールド)防護幕(プロテクション)をお願い」
「おっけい」
「あ、私も欲しい」
「ジャネットの後でやってやるよ」

 体内を循環するマナを操り、汲み上げたそれを杖に流し込んで増幅し、糸を紡ぐように細く寄り合わせた金色の光で図形を描く。
 以前は割と苦労した作業だが、毎日欠かさず続けた訓練の賜物で苦もなくやれるようになった。
 最初に教えてくれた老術士が言っていた「呼吸するような感覚」にはまだ遠く及ばないが、 その領域にもいずれ必ず到達してみせよう。

「待たせたな、諸君!」

 プリムのバトン型術装器(スペルノーツ)に術式を登録していると、入口の方からやたら通りの良い大声が雑然としたロビーを突き抜けた。
 そちらへ視線を向ければ開け放たれた扉から一歩踏み込んだ位置に男たちが立ち並び、差し込む夕日に照らされた金属鎧が赤く輝いて目に眩しい。
 その先頭に立つ癖の強い黒髪を後ろへ撫で付けた若い騎士は昼間に見た近衛騎士の一人に間違いない。広めの額に彫りが深く端正な顔立ち、極めつけは切れ長ながら目尻がやや下がり気味の目が何ともセクシーな伊達男は首の下もしっかり鍛えているらしく、赤い陽光を背負って仁王立ちする姿が憎いくらいに様になっている。
 その後ろに並んだ男たちは鎧もその下に着込んでいる制服も違うようだ。恐らく彼らは王立騎士なのだろう。

「諸君らはこの私、アレサンドロ・イグレシアの麾下に加わった。近衛騎士たるこの私が国王陛下より賜りし勅命の遂行に参加出来る幸運に感謝せよ、これは諸君らにとって何物にも代えがたい栄誉である! この王都を騒がせる卑劣な輩を可及的速やかに誅し、陛下の御威光をあまねく知らしめるべく命を賭して尽力せよ!」

 つい先程まで煩かったロビーがしーん、と水を打ったように静まり返った。
 殆どの者は彼のあんまりな宣告に言葉を失い、呆気に取られているのだが、何を勘違いしているのかアレサンドロと名乗った騎士は冒険者たちを見回して満足げに頷いている。

「よく理解出来ない、ていうか理解したくないんだけど……どういうこと?」

 囁くようなジャネットの疑問には、悪いが答えてやれそうもない。何故ならば、俺も理解したくないからだ。
 周りの連中も思うところは多々あるだろう。何せツッコミどころしかない。
 しかし誰一人として声を上げる者はいない。下手に突っ込もうものならすんごく面倒臭い事態が待ち受けているのが分かってしまうから。

「では往くぞ。我が栄光に泥を塗ること、まかりなぬと心せよ!」

 そう告げたアレサンドロはクルリと踵を返して建物から出ていく。その所作が一々洗練されているのが何故だかとても残念でならない。
 その後ろ姿が視界から完全に消えた瞬間、ロビー中が一斉に「はぁ〜〜……」と盛大な溜め息を吐いたのだった。


 訳の分からん事を宣い、勝手に悦に入って出陣なされた残念な色男はそのまま帰ってこなかった。
 仕方がないので、と彼の後ろに並んでいた騎士たちの隊長という人がギルドの職員と話をして、百人近く集まっている冒険者たちをグループ分けして各々に指示を出していくことで一応の体制を整えたのだが、茜色だった空はとうに闇色へと変わっている。

「お前がジャネット・ミルズで間違いないか?」

 他の連中が次々と建物から出て行くのを隅っこでぼーっと眺めていると、漸くというか出来れば忘れて欲しかったのだが、騎士隊の鎧姿の男が声を掛けてきた。

「そ、そうだけど」

 もっと毅然とした姿勢で応じたかったのだろうが、耳も尻尾もペタンと萎れてしまって不安をありありと表現してしまっている。
 それがあまりにもらしくない姿だったので尻尾を摘まみ上げたら、手を叩かれた上にキッと睨まれてしまった。
 そのやりとりを見ていた周囲からクスクスと忍び笑いが漏れ、ジャネットの顔がみるみる真っ赤になっていく。
 その様子がおかしくて声には出さずちょっとだけ笑ってしまったら、涙目で更に睨まれてしまった。
 トリーシャといいコイツといい、何故にトカゲの表情が分かるのだろう。解せぬ。

「仲の良いところ済まないが、あまり時間がない」

 その騎士は四十くらいだろうか。俺たちのやりとりを見て微笑ましげに表情を和ませたが、言葉を発するとそれをさっとしまい込み仕事の顔に戻ってしまった。

「話は聞いているだろう、お前には重要な任務をこなしてもらわねばならん」
「……何をすればいいの?」

 俺より若干背の高いジャネットだが、騎士は更に高い。顎を上げて見上げても若干首が疲れるくらいの身長差がある。加えて横幅も広く、俺たちからすればまさに壁だ。人間の頃の俺と比べてもそのガタイには負ける。
 その威丈夫にしてみれば、捻れば簡単に壊れてしまいそうな少女を盾にするような作戦を遂行せねばならないのだから堪らんだろう。いくら仕事用の顔で覆い隠そうと、握り込んだ拳や引き攣った顔の細かな震えは隠しようがない。

「所定の位置で待機し、奴に遭遇したら指定された場所まで誘導する事がお前の任務だ。そこに辿り着けなければ我々は手出しが出来ない」

 その口振りからはやはりと言うべきか、守れという命令は出ていない事が察せられ思わず落胆して溜息が零れる。それについて騎士が咎めるような事はなく、むしろ済まなそうに瞼を閉じた事で彼も承服せざるを得なかったと知らされた。
 宮仕えの哀しいところだ。どれだけ不本意な任務であっても、上から命令されれば従わねばならんのだから。せめてどさくさに紛れて殺せ、などという命令が出ていない事を祈る他ない。

「その所定の場所には俺たちも居て良いんだよな?」

 仲間が守る分には問題ないだろう、と暗に問うたのだが、騎士は重々しく首を横に振る。その瞬間、頭から全身から、体内に流れる全ての血液が沸騰したような錯覚を覚えた。
 今まで同情したり世の不条理はある程度仕方がないと抑えていたが、もう幾らなんでも限界だ。

「武装した者が近くに居ては奴が警戒して現れないかもしれない。作戦の遂行を第一に考え、彼女には単独で待機してもらう」
「それでコイツが殺されたら、あんたどう責任を取るつもりだ?」
「報告にはターゲットにされた者は時間を掛けて殺されている、とある。全力で逃げれば距離も時間も十分稼げるだろうとの判断だ」
「ふざけてんのか? 犯人の気分でどうとでも変わりそうな曖昧なモンを信用しろって? 正気の沙汰じゃねーぞ!」
「それでも実行する以外、我らに判断の権限はない」
「知ったことかよ! いくらギルド登録者に有事の協力義務があるっつっても、死んでこいみたいな命令に従わなきゃならん理由はない! 俺たちはこの国の兵士じゃないんだ!」

 問い詰めるが騎士は口を閉ざし、重い沈黙を守りに入った。

「レン、それくらいにしておきな」
「なんでだよ!?」
「この人をいくら罵倒したってどうしようもないって事は、あんたなら分かってんだろ?」

 うぐっ……、と言葉が喉で詰まって出てこない。
 分かっている、理解は出来るけれど、だからと言って納得出来る訳ではないのだ。
 それは俺を止めたテレーゼも同じだろうに、まるで駄々をこねる子供をあやすような優しい顔が無性に腹立たしくてやるせない。

「……何でそんなに落ち着いてられんだよ」
「あんたが先に爆発したから、逆に冷静になっちまったんだよ」

 悔し紛れに放り出した八つ当たりはちょっと困ったような笑みで宥められ、余計に自分が情けなくなる。

「すまん……」
「貴方に謝られても仕方がないわ。ところでこの作戦、指揮を執っているは先程出て行かれた騎士殿かしら?」

 呟くような小さな声だったが、トリーシャには聞こえたらしい。更に続いた問いにやや戸惑ったようだが、「いかにも」とはっきり答えたことにトリーシャは満足げに頷く。

「では彼に伝えて頂戴。北の森の戦乙女は無粋な束縛を嫌う、と」

 トリーシャが口にしたのはさっぱり意味が分からない。
 言われた騎士も何の事か検討がつかないようで眉を顰めている。

「心配しなくとも、あの方にならば分かるわ」
「分かった、伝えおこう」

 応えたジャネットに付いてくるよう促し、扉の方へと歩いていく。
 他の騎士に手を引かれるジャネットは不安そうに何度もこっちを振り向いていたが、行く手を阻まれてしまった俺たちにはどうしようもなく黙って見送る他ない。

「お前たちには新市街の街路の一つを担当してもらう」

 指し示されたのは目抜通りから大きく外れた細い通り、どうやら商業地らしい。しかし全く土地勘が無いので分からないので、とカタリナとラウラの方を見ると――。

「お兄さん〜? 面白い冗談ですね〜?」

 ニッコリと笑顔を作るラウラだが、コメカミ辺りでピクピクと脈動する青筋と背後の景色を歪めるほどに濃密でおどろおどろしいオーラが肩から立ち昇っていて中々の迫力が醸されてる。

「いや、冗談ではないのだが……」

 それに圧されて思わず後退る青年騎士だが、その退路を塞ぐように進み出たカタリナの爛々と輝く青い瞳にギョっと顔を引き攣らせた。

「この通りがどういう場所か、当然知っていて言っているのよね?」
「と、当然知っている、が……」
「へぇ〜? じゃあどういうつもりで私たちにここを担当させるなんて決めたのかしら?」

 ずい、と押し込むようにまた一歩踏み込んだカタリナの形相たるや、とても朗らかな笑顔なのに背筋には絶対零度の悪寒ばかりが吹き荒ぶ。
 そこにあるのは共に笑顔の筈なのに、存在しているのは紛れも無く二人の修羅だった。

「いや、男を配置すると客引きに捕まって、その、仕事にならんだろう、と……」

 きっと根が真面目なのだろう、異様な迫力に左右から圧されてしどろもどろになりながらも青年はそれなりにらしい理由を述べる。
 しかしその努力が実を結ぶかどうかはまた別の問題であるからして……。

「私たちの場合〜、別の危険があるとは思いませんでしたか〜? このすっとこどっこい」
「そこら中のゴロツキに警戒しなきゃいけないから、犯人なんて気にしてらんないわよ!」
「そ、そうは言っても既に配置は決定しているのだ! お前たちの我侭で勝手には変えられん!」
「ふぅん、よっく分かったわ。貴方、財布の紐はキッチリ硬く締めておく事ね」
「恋人の交友関係にも気をつけた方が良いわよ〜?」

 こいつらは一体、何をやらかす気だろうか……。
 大気が震える程に濃度が高まったマナを全身から立ち昇らせる二人に圧倒された青年騎士は、今にも失神しそうなくらい顔を青褪めさせてばたばたと不恰好に逃げていく。

「程々にしといてあげなよ? あいつだって仕事なんだからさ」

 テレーゼの小言に二人は「はぁい」と笑顔で答えるが、この笑顔ってのがミソだ。絶対にやる気だよこいつら。
 それはテレーゼにも分かったのだろう、疲れたように溜息を吐くと諦めたように苦笑いを浮かべる。そしてトリーシャに顔を寄せると、小声で何事か話し始めた。

「ジャネット、大丈夫かな……」

 二人の会話の内容が気になったが、俺の服を掴んで不安そうに見上げてくるプリムも放ってはおけない。

「あいつの逃げ足は天下一品だからな、本気で逃げればトリーシャだって追い付けないんだ。防壁(シールド)と防護膜(プロテクション)もあるし、そう簡単にはやられないさ」

 おかっぱ頭をくしゃりと撫でてやると、プリムはくすぐったそうにそうにしながらも柔らかくはにかむ。

「じゃあ、あたしらもそろそろ持ち場に移動しようか。カタリナ、案内頼むよ」

 会話を終えたテレーゼがパンパンと手を打って目を集めると、指名されたカタリナは渋々、本当に嫌そうに頷いた。
 その通りはギルドのある目抜通りから北へ二つ隔てた区画にある、そう遠い場所ではなかった。


初稿 2013.05.26
更新 2013.06.03

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