第十二話 異世界の湯煙旅情 1

 エスペリアという国は南北に長い。
 そして北上するほどに生活レベルが目に見えるほどに上昇していく。
 取り入れた常識は街や村を渡り、州境を超える度に幾度も塗り替えられ、この世界で暮らし始めて半年が過ぎたというのに翻弄され続ける日々を送っている。
 そして今、目の前に現れた物体の前に常識さんはキレイに入ったアッパーカットにより成層圏の彼方へ葬り去られた。
 同時に内から熱く滾るモノが怒涛の如く溢れかえり、昂りが全身を駆け巡る。

「おおぉぉおお……なんじゃありゃあ!?」

 瞠目する視線の先、黒土の畑をゆっくり前進しているのは木製の大きな人形だ。
 そいつは胴体の両側に取り付けられたひょろ長い腕で時折何かを拾い上げては畑の外へ投げ飛ばし、どっしりした太い二本脚で大地を踏みしめ、回転刃を幾つか連ねた農具を引き摺って畑を耕しているのだ。

「ああ、ゴーレムだね〜」
「ゴーレム!?」

 ゴーレムと言えば魔法で動く石像(ストーンゴーレム)泥人形(マッドパペット)といったファンタジーものではメジャーな存在だ。
 ゲームなんかだと迷宮や遺跡に隠された場所や秘宝を守護する難関として登場したり、金属製のごっついのがラストダンジョンを徘徊していたりと手強い障害として扱われているイメージがある。
 そんな先入観があるからまるで頭部のように設置された屋根の下に麦藁帽子を被った搭乗者の姿が見えて、トラクターよろしく硬くなった土を掘り返して歩くその様に泥臭さを覚えてしまうが、これはこれでアリだろう。
 あれはどう見てもロボットだ。どうやら木製らしく動作音がやけに軽いのと、土で汚れたボディにメーカー名らしきロゴマークが描かれていたりとそこはかとなくチープな感じがするが、紛う事なきロボットだ。しかも二足歩行の人型とくれば、浪漫を擽られない男は果たして居るだろうか?
 しかし昨今のロボットものには付き物といえる現象が存在する。

「あれ、暴走したりするのか?」

 これもある意味浪漫じゃあるが、操縦者の制御を外れて破壊の限りを尽くすデストロイヤーの出現は現実となると激しく恐ろしい。
 小さい頃にアニメで見たことがあるんだよな。土木作業用のロボット重機が突然、搭乗者の操作を受け付けなくなって建物を壊しながらひたすら歩き続けるってヤツ。
 あのゴーレムがどうやって動いてるか知らないだけに、そういった制御面での警戒感と多大な興味は止めどない。

「あ〜……たまにするかな?」
「するのかよ!?」
「ゴーレムが、というよりも動かしている農夫の人が、って言った方が正確かも?」

 即座にツッコんだ俺の驚愕をさらりとコケにしてくれたラウラは実に楽しそうに笑いやがる。

「ゴーレムは大きな術装器(スペルノーツ)の集合体でね〜、実用化のメドが立つまではそーいう事もあったみたいよ〜」
「制御を誤ったとしてもマナ供給を止めれば動かなくなるからね。農作業用だとパーツを取り換えれば収穫にも使えるし、構成を変えればいろんな作業に従事出来る優れものよ。うちの商会でも荷物の積み降ろしで使ってるわ」
「でも管理がかなり厄介だし、消耗品も結構高額だったり悩みどころも多いんだよ」

 やけに実感の籠った所感を苦笑混じりに告げたのはテレーゼだ。

「そうなのか?」
「うん。大抵はお金を出しあって村で一台を共用してるか、領主から借りて使うのが殆どだね。だから順番待ちだとか、故障したら修理しないとだとか面倒事が絶えないんだ」
「はー、なるほどなぁ」
「それに子供はああいうのが大好きだから、動かしてると纏わりついてきて大変だよ」

 今のアンタみたいに目をキラキラさせてさ、と生暖かい目を向けられるとなんともむず痒い気分になってしまう。
 仕方がないじゃないか。男の子ならショベルドーザーとかクレーンとか、でっかい重機に一度は憧れるものなのだから。
 ゴーレムトラクターが耕す広大な畑を臨む街道は、これまで歩いてきたモノと比べると段違いに広い。大型馬車が互いにすれ違っても余裕があるくらいだ。
 整備も警備も共に十全で、これほど安心して街の外を歩けたことはない。
 それもそのはず、この先にあるのはエスぺリアの王都マドラ。華やかさにおいては並ぶものがないと称される芸術と学術の都、だそうな。

「もうすぐマドラかぁ、長かったなぁ……」

 遥か彼方へと伸びる道の先を眺めカタリナはしみじみと感慨深そうにしみじみと呟く。
 それに相槌を打つようにラウラがコクン、コクンと何度頷いている。
 二人とも出会った頃の死人のような儚い様子は今やどこにも見えず、瑞々しい生気に満ち溢れている。
 彼女らが乗り越えねばならなかった苦悩を俺は欠片しか知らず、夜に魘されているのを宥めてやるくらいしか出来なかった。それでも何かの助けになれたのなら良いのだが。

「もうすぐお別れ……」

 そして俺の背ではぽつりと寂しげな呟きが零れる。
 ここに来るまでにたくさんの街を訪れ、苦楽を共にした仲間を故郷へと送り届けてきた。その甲斐あって今では俺とトリーシャを除けば残るは五人。そしてマドラでカタリナとラウラが外れる事になる。
 最も年若いプリムはカタリナとラウラによく懐いている。そして二人も面倒見が良く、仲睦まじい様子はまるで姉妹のようだ。
 未だ暗闇に怯え、他人を恐れて近寄れない幼いプリムにとって、からかわれつつも優しく包み守ってくれた二人との別れは心細く、辛い事だろう。
 俺としても寂しくないといえば嘘になる。しかし旅の目的を考えればこれは当然の事であり、喜ぶべき事なのだ。

「お別れって言っても、マドラとベルオーラならそんなに遠い訳じゃないわ。会おうと思えばいつでも会えるって」

 さすがは犬人族(コボルド)というか、本当に小さな呟きだったのにしっかり聞いていたらしい。

「あ、そうだ。プリムもうちの学校に入学すればいいのよ〜」

 カタリナの軽口に乗り掛かり、ラウラも名案とばかりにぽん、と手を打ちながらのんびりと続く。
 きゃいきゃいと賑やかに騒ぎ始めた三人を微笑ましく思いながら、ふと馬車の後方に位置取っている二人に意識を向ける。

「よーするに強化(ブースト)掛ければあたしにもアンタを抑えられる目があるって事でしょ」
「だからそういうことじゃないと何度も説明しているでしょうが」
「だってアンタの剣を受け止めたらこっちの剣が砕けるじゃん。それを防ごうと思ったらこっちも強化するしかないし」
「受けなければ良いと言っているでしょう。猫人族(バステト)なら目と身のこなしで避けなさいよ」
「無茶言うな! それこそ強化したって無理!」

 そちらでは口論ともつかないツンケンした言葉の応酬に溜息が出た。
 別にケンカをしているわけではないのだが、トリーシャのあまりの無茶振りは突っ込みどころしかないので短気なジャネットが絡むといつもああいう口論じみた会話になってしまう。
 とはいえトリーシャの言葉が尤もなのは確かで、小柄なジャネットでは武器で打ち合うとどうしても力負けしてしまうのは目に見えている。なので避けれるものなら避け、剣で打ち合うにしても力押しで対抗するのではなく受け流すのが最良なのは間違いないのだ。
 ならばそう説明すれば良いのだが、トリーシャは何故か身を以って思い知らせるのを是として口では語らず、ジャネットもまた負けん気を発揮して力押しに拘るという悪循環を続けている。

「相変わらずだねぇ」

 そんな二人のやり取りを聞きながらテレーゼは和やかに微笑み、鼻唄を奏でながら御者台に揺られている。
 ガタゴトと石畳の道を車輪が転がる震動に合わせてポヨポヨ揺れる豊かな胸元は見慣れたとは言え圧巻な事に変わりない。
 そんな久方振りの平穏を満喫しつつ、馬車は進む。マドラへ向かう前に一仕事済ませるべくその手前にある街、テルマスへ向けて。


 それはマドラへ伸びる大街道から外れた山裾にポツンと佇んでいる。
 南部や東部程ではないにしても降雨量の少ない土地柄やや乾燥しているが、この街には山から流れる清流と山の恵みが絶えず潤いをもたらしている。そのためか住民の気風は他所と比べるととても穏やかなものだ。
 そんな一見豊かに思える場所だが、街の規模はそれほど大きなものではない。町並みを形作る赤い屋根と白壁の建物群はそれなりに歴史を感じさせるが、どことなく寂れた印象を受ける。

「おお〜、ここが噂の温泉街ですか〜」
「なんか蒸し暑いね」
「色んな所から湯気が出でるから、そのせいかな〜?」

 雑然と建ち並ぶ街並みを眺めながら、馬車はゆっくりと大通りを歩く。
 ラウラとプリムは道の脇に掘られた側溝や家々から立ち上る湯気を物珍しげに眺めては楽しげな声を上げている。
 通りに面した建物は殆どが商店なのは他の街と変わらないが、飲食店の割合が多く見えるのは気のせいではないだろう。表に掛けられた立て看板を見ると蒸し料理と思しきメニューが多く、恐らく温泉の蒸気を活用して作っているのだろう。
 更に奥、山の斜面を遡るように造られた町並みへ目を向ければ宿屋よりはホテルと呼ぶほうがしっくりきそうな立派な建物群が軒を連ねているのが見える。
 その建物群から少し外れた森の中にも赤い屋根と白い壁がチラホラと見えているのは、何処ぞの富豪が所有する別荘だろうか。

「うぅ……何、この臭い……」

 鼻と口元を手で覆いながら顔を顰めているのは言わずもがなカタリナだ。
 俺はさほど気にならないレベルだが、鼻の良い犬人族(コボルド)にはそこら中に立ち込めている蒸気や山から流れ下りてくる空気に含まれる硫黄臭は辛いかもしれない。

「卵が腐ったみたいな変な臭い……」

 ジャネットも顔も顔色が優れない。
 そういえば猫も犬ほどではないが嗅覚が発達していたっけか。

「お父さんがテルマスには行きたくないって言ってたよく理由が分かったわ……」
「こんなの拷問だよ……」

 ふらふらと怪しい足取りで歩く二人には気の毒だが、ここでの仕事を完了させねば何処へも行けない。

「そんなに辛いなら、馬車の中で休んでなさいな」
「うー……折角、王族御用達の観光地に来たのに何も見聞きしないままなんて納得できない」

 見兼ねたテレーゼが声を掛けるが、カタリナは涙目になりながらも意地で町並みに視線を巡らせている。
 何が彼女の背をそれほどまでに後押しするのだろう、やっぱり商売人としての血がそうさせるのか?

「どーせ鬼に引き摺り出されて扱かれるし……」

 ジャネットは何かを諦めたように煤けた笑みを浮かべている。

「ここに来るのは久しぶりね」
「へぇ、トリーシャは来たことがあるんだ〜?」
「南へ向かう途中でね。あの時は今より寒い時期だったけど、街の中から温かくて驚いたわ」

 その鬼はといえばラウラたちとの会話に華を咲かせながら、山の緑と屋根の赤が鮮やかに彩る風光明媚な温泉街の景観を楽しんでいた。
 馬車はまず、荷台に載せている荷物を届けるべく冒険者ギルドへと向かう。
 王都に近く、貴族や大商人たちの別荘が建ち並ぶこの街ではギルドへの依頼は少ないだろう――そう思っていたが、意外に多くの冒険者たちが集まっていた。

「貴族様の別荘は多いが、所詮は別荘だからなぁ」

 とはギルド職員の言葉だ。

「誰かがずっと住んでいるならまだしも、誰も居ない建物を常時警備なんてしてたら金の無駄もいいところだろう?」
「でも全くやらないわけにはいかないだろ」
「その通り。だからうち(ギルド)に依頼が来るって訳さ」

 荷物を降ろす間に聞いた話では、あれらの別荘は持ち主が委託した商人たちによって管理されていて、彼らからギルドへ周辺の魔獣や盗賊の討伐が定期的に依頼されているのだということだ。
 どっかで聞いた話だ、と思わなくはない。

「観光地だけに他所から来る客が多いし、変なのも紛れてくるからな。領主様の兵隊はそっちを警備するだけで手一杯さ」
「ふーん……じゃあ、ここの仕事は討伐や警備が主なのか」
「討伐はスポットでも出しているが、警備はある程度の期間を区切った契約になるな」

 どっちにせよ、俺たちには不向きな仕事だ。討伐はともかく、警備なんて俺を除く全員がカモでしかない。

「でもアンタらの目的は温泉だろ?」
「何故分かった」
「結構多いんだよ、マドラへ向かうついでに輸送の仕事を請けて立ち寄るって奴がね。中で討伐の仕事を漁っている奴は大抵がそうやって来た連中さ」
「なるほど、分かりやすいな。湯に浸かり放題って聞いたら居ても立ってもいられなくてなぁ」

 思えば半年ぶりの風呂だ。水浴びや湯で濡らした布で拭くなんかはよくやっていたが、やはり味気無いし疲れも落ちない。
 乾燥地帯で水は貴重だからと砂や土に塗れた羽毛を乾いた布で叩き落としたり、野営地で小川の一部を誘導して作った溜め池に覚えた法術をぶちこんで即席の岩風呂を仕立てようとしたらマナ切れで前後不覚に陥ったり……くっ、色々やったけど上手くいかなかったなぁ。

「あ〜、でもアンタはちと不味いかもしれないな……」
「はい?」

 湯船にゆったり浸かれる事に思わず感極まりそうになった自分を落ち着けていると、職員の青年は気不味そうに言葉を紡ぐ。

「アンタの羽だよ。綺麗な朱だけどな、温泉に浸かったら色が変わってしまうかもしれない」
「な――――!?」

 極大級の雷撃にも匹敵する衝撃が脳天から尻尾の先までを貫いた。
 しかし分からない話ではない。温泉には様々な成分が溶け込んでいるから、銀なんかは浸けておくと黒く変色してしまうのだ。
 でも羽毛って金属で色が付いている訳じゃないし、大丈夫じゃないか? いや、でも何かあってから後悔したって遅いし……。

「ほ、他のトカゲはどーしてんだ?」

 憶測と希望的思考が互いを打ち消しあってぐるぐる巡る出口の無いループに陥りそうになり、それから脱するために藁にも縋る思いで尋ねる。

「湯にはあまり浸からず、汚れを落としたら出てしまうってのが殆どらしいな。
 でもたまに来る変わり者が長々と浸かっていくと、湯が汚れて仕方ないとか聞いたぞ」

 ……これでは羽毛から色素が抜けたのか単純にそいつが汚れていただけなのか分からんではないか。
 くそう、化学の授業をもっと真面目に聞いてりゃ良かったぜ。


 輸送した荷物の受け渡しが終われば、後は日が暮れるまで自由時間だ。
 宿を決めたらラウラたちは街の店屋へ繰り出して羽を伸ばすのがいつもの行動パターン。ついでに噂話や地域の関心事なんかの情報収集もかねるため、結構重要な役割でもある。
 ちなみにいい加減ヘロヘロになっていたカタリナだが、なんと気合で出掛けていった。
 テレーゼは大工の工場を訪ねて馬車の整備。こちらも世間話から情報を集める事を忘れない。
 で、残る俺とジャネットはというと――。

「やぁぁぁ――――ッ!」

 烈昂と共に降り下ろされる木剣を緑色の長物で受け、持ち手を入れ換えて往なすと姿勢が崩れた相手にカウンター気味に突き入れる。
 しかし相手の立ち直りは早く、前へ進む勢いのまま軽快にステップを踏んで突きを躱して更に踏み込み、下段から掬い上げるような一閃。
 突き出した棒を引き戻すのは間に合わない――考えるよりも先に身体が動く。地を踏む脚に力を籠め、尻尾を大きく振った遠心力をも利用して強引に90度向きを変えると、肩を木剣が掠めて行った。
 捨て身とも思える深い踏み込みと、そこから放たれた一撃に舌を巻くが、それをやり過ごした事にホッとしていてはダメだ。身を翻した際に両手で持った棒を構え直し、剣を振り抜いて伸び上がった相手の無防備な頚に素早く叩き込む。
 やや目を大きく開いた相手は頚へ迫る打撃を避けられないと悟るや固く瞼を瞑った――が、恐る恐る目を開き寸前でピタリと止まっているのを確認すると悔しげに表情を歪ませた。

「く……っそう! また負けた――ぁがっ!?」

 天を振り仰いで吠えたその瞬間、灰色ショートカットの脳天をごす、と木剣が直撃。ジャネットは打たれた頭を抱えて蹲り、「ぬぁぁぁ〜」と苦悶を漏らす。

「まったく……負けた〜、じゃないでしょう?」

 そして猫娘に折檻を入れた張本人、トリーシャは肩にポンポンと木剣を遊ばせつつ呆れ顔で溜め息を吐いた。

「今のは何?」
「ふ、懐に入り込めれば長柄の優位は無くなると思って……」
「間違ってはいないけど、無理に押し入って避けられちゃ世話ないわよ」
「でもさ、死中に活を見出だすとかって言うじゃんか」
「そういう場面じゃないでしょ。そんなに広くないのだから、普通に追い込んで間合いを詰めれば良いのよ」
「うぐっ……」

 頭を押さえて涙目で見上げるジャネットはまるで悪戯が見つかって叱られる子供のようで、本人には悪いがとても微笑ましい。

「レンもソレで剣を受けちゃダメって言ってるでしょ」

 だが、その矛先がこちらへ向くとなると微笑ましいなんて言ってられない。ジトー、と半分開いたような不機嫌な目で藪睨みされると非常に居心地が悪くて、今すぐにでも逃げ出したくなってしまう。

「あ〜、その、何だ。防護膜(プロテクション)してれば大丈夫かな〜って」
「そんなワケないでしょ。私なら防護膜(プロテクション)ごと切り捨てる自信があるわよ」

 ふん、と鼻で笑うような傲慢な態度には反論したくなるが、こいつなら本当にやりかねないので喉元に競り上がったものをぐっと抑えて飲み込む。
 その意図も体育会系の活動を経験したことのある奴なら容易に分かる事、要するに焚き付けて負けん気を起こさせるための挑発(ムチ)だ。
 俺とジャネットは時間が空けばいつもトリーシャのシゴキを受けている。
 目的はもちろん生き延びるための経験値稼ぎ。
 テレーゼやカタリナたちには故郷という安息の地があるが、俺には無い。そんな俺が生き延び、日本へ帰る方法を探しだすためにはそれなりの戦闘能力も要求されるだろう。
 たとえ説明が脳筋的だったり、肝心なところで某ミスターに通じる言語が飛び出して分かり辛かろうと、教えを請える先駆者がトリーシャしか居ない以上は意地でも食いついて行くしかないのだ。

「それにその(フレーム)だって早々替えが利くものじゃないんだから、大事に扱いなさいな」

 手にした緑色の長物、グラススタッフの表面には様々な紋様が掘り込まれ、そこへ液体を流し入れたように金色の光を湛えている。透明感のある結晶質な緑色の中で金色が仄かに透けて乱反射している様は幻想的で、それを所持している自分がちょっぴり嬉しい。

 これは結構前に足止めを食らった村で貰った物だ。グラスパイルを素材に握りやら各所の保護加工もしっかり施された上に『呪紋』を掘り込まれている。
 この呪紋というのがミソというか本来の主役とも呼ぶべきもので、これは法術行使の際にマナを編む操作を補助してくれる上に注いだマナを増幅する働きもある優れものだ。
 これに詠唱とマナ操作を代行してくれる核晶(プロセッサーコア)を取り付ければ簡易的な術装器(スペルノーツ)の出来上がり、だそうだ。
 しかし嬉しいやら困ったやら、これは好意で作って貰ったワンオフの一品ものなので本当に替えが利かない。

「グラスパイルを武器として使う奴は珍しいとか、加工が面倒臭すぎるからもう作りたくないとか散々な言われようだったからなぁ」
「まぁ、装飾用の建材に使われるのが殆どだしね」
「変な形だから握りにくいし、尖ったところが痛いし」

 本当に散々な言われようだ。

「さて、休憩はおしまい。二人とも全然なってないわ」

 教師が酷いから、とはさすがに声には出さなかったが、どうやら顔に出たようだ。二人で視線を向けた瞬間にトリーシャのこめかみ付近がピクリと動いたのを認め、頭から血の気がさぁ〜、と降りていく。

「私が直々に稽古をつけてあげるから、言いたい事があるならそこで語りなさい。さあ、構えて!」

 そう告げた彼女はとてもいい笑顔を浮かべて手にした木剣を軽く、しかし振り抜いた音はまるで断頭台を滑り落ちる刃の如き不吉な唸りを上げる。
 口は災いの元というが、目は口ほどにものを言うという有名な格言を失念していた自分を激しく呪ったのだった。


初稿 2013.05.03
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