第九話 紅蓮の記憶 1

 ムーシアでは結構稼げたが、それでも十人以上の大所帯が食っていくのは大変な事だ。
 ましてや俺以外は全員が年頃の娘たちである。牛は微妙に熟れている、などとは絶対に口を滑らせてはいけないのである。
 ともかく下手な宿を取るわけにはいかないので、滞在費が馬鹿にならない。なので一晩ゆっくり休んで今日もギルドを訪れているのだが――。

「う〜ん、やっぱりこれが普通よね……」

 依頼票が貼り付けられた掲示板を前に、テレーゼは眉根に皺を刻んで唸る。
 胸元で組んだ腕が持ち上げる豊満な乳に男たちの視線が集まっているが、気にする様子はない。

「えーっと……すぱ、すぱーく? ぐぬぬ……くそう、読めん」
「どれどれ、スパークマスタード三十束でマドラ銀貨三十枚」
「おお、報酬は割と多いな」
「Dランク以上推奨って事は、厄介な所でしか採れないんだろうね。こんなマスタード、聞いたことがないよ」

 故郷では畜産と飼料栽培を営み、野草にはかなりの薀蓄を誇るテレーゼが知らないって事は相当にマニアックなものなのだろう。
 冒険者ギルドではこなした仕事によってそれぞれ評価が累積し、一定の基準を超えるとランクが上がって請けれる仕事が増えていく。
 依頼には期日が設けられているのが通常で、たとえ達成できたとしても期日を過ぎれば評価は下がる可能性がある。逆に期日に余裕を持って達成できれば評価が上乗せされるかと言えば、全てがそういうわけではないので注意が必要だ。
 正式登録されるとFランクからスタートしDランクまで昇格すれば一般的な腕前として認知され、Bランクになれば一流とされる。
 そして最高ランクはAの筈だけど実はその上にSというランクが存在し、ここまで来ると英雄を通り越してヒトに似た何かといった扱いだとかなんとか。ここに分類されるようなヤツは一人でゾー○様とガチれる伝説の勇者とその親父の変態ぱんつや、モビ○スーツを素手で破壊できる某流派とか、主人公なのにラスボスな旦那なんかと同類と思っていいだろう。
 話が逸れたが、ギルドで斡旋される仕事にはそれぞれ適正ランクが指定されている。
 該当ランクに到達していない者は基本的にその仕事を請け負う事が出来ないが、同行者のランクなどで考慮されて請け負えるようになる等の例外が存在する。
 今読み上げた依頼票を例に挙げれば、Dランクに達していなくても仕事を請け負う事は可能だが達成は困難であると示唆している。それを承知の上ならばEやFでも請け負うのは構わないとしているのだから、よっぽどの不人気業務と言えるだろう。
 更にDといえばトリーシャが適正ランクなので、その難度は推して知るべしというところ。

「商会ではたまに注文が入っていたわ。来る度に担当者が顔を顰めていたから、かなりの難物と思った方がいいかもね」
「最低ランクのFが請けれるもんじゃないな」
「そうだねぇ。見つけたら集めておいてもいいかもしれないけど、保存が利くかどうか分からないからねぇ」
「マスタードなら求めているのは種だろう? なら乾燥させておけば日持ちしそうだけどなぁ」

 ちなみに既に所持しているものを採集成果としてその場で提出する事は問題ない。なのでよく収集依頼が出される植物の種や鉱石、魔物の体内で生成される結晶などを集めておくのは冒険者の嗜みなのだそうだ。
 他にも獣の毛皮や骨、牙といった品々は様々な製品の素材とされるので、冒険者ギルドや商会が常時買取を行っている。これは俺たちにとっては大型荷馬車というアドバンテージを活かせるので非常に重要な収入源となりうる。尤も現在、獣を狩れるのがトリーシャ一人しか居ないので殆ど活かせていないが。
 ともかく、難度が高そうな依頼票は避けて適正ランクの収集依頼を一人辺り三件ずつ取り、テレーゼが代表として受付カウンターへ持って行く。
 一度に請け負える仕事はランクと仕事の種類によって変動する。
 駆け出しのFランクの場合は討伐系なら一件、採集系なら二件、探掘系は同行者無しの場合は請け負えない、となっている。
 三件でも可能という判断は同行者にDランクのトリーシャが居る事と大型荷馬車というオプション、更に合計十二名という大パーティ編成の人海戦術のため多少の大仕事も問題なくこなしてきた実績によるものだ。
 大量の依頼票を持ち込んだテレーゼに係員は一瞬鼻白んだようだが、会話を進めていくうちに納得したような表情へと変わっていく。ただ、一度に大量の依頼を消化する所業には難色を示しているようだが。

「ここにはあまり滞在出来そうにないね」
「そうだな……」

 ロビーに屯する冒険者たちの何人かは、カウンターでのやり取りを面白く無さそうに眺めているのが見て取れる。
 こちらは荒事に手馴れた者などトリーシャ一人しか居ない。しかもあいつは手加減ってモンを知らんから些細な揉め事が大事に発展しかねんし、あいつ一人で全員をカバーするなど不可能だ。
 ここで暮らしていくマリアの前途に影を落としてはいけないし、最低限の路銀を稼いだらさっさと次の街へ移動するのが賢明だろう。

「お待たせ。さぁて、一仕事しようか」

 受付を終えたテレーゼをカタリナと共に向かえ、やや微妙な空気が漂うギルドを後にした。


 依頼を請け負ったらその日のうちに出発するのは今まで通り。ギルドで発行してもらった登録証を警備兵に提示し、俺たちは城壁で囲われた街の外へと繰り出していく。
 今更だけど冒険者ギルドの登録証は、街の外へ出る必要のある依頼を請け負った場合はその旨が記載されるため、簡易的な通行証代わりになる。他所の大きな街まで行ける訳ではないが、農村や駅宿場といった近隣集落へ出入りするには十分な身分証だ。
 ムーシアは例の集団に占拠された都市に程近いために近隣の集落は住民の逃亡と野盗の襲撃で殆どが壊滅してしまっていたが、かの街に纏まった数の兵士が駐留しているお陰でアラカンテ周辺には半日も歩けば農村に辿り着ける程度に点在している。
 俺たちが目指したのはそういった農村の一つ、そこへは日が暮れる少し前に到着した。

「グラスパイルかぁ、厄介なモンを引き受けたな」

 酒を満たした木のジョッキをテーブルに置き、カウンター向こうで太い腕を組んだおっさんは髭面を歪めて笑う。

「そうかい? 山の手なら何処でも生えてるモンだろう」

 ジョッキを掴み一気に呷るテレーゼの豪快な飲みっぷりに周囲の客から感嘆が漏れた。
 村に到着した一行は宿屋と飲食店を兼ねた、この世界では一般的という施設を訪れている。
 ここは冒険者ギルドの出張所のような役割があり、店主の厳つくもごっつい親父は引退した元冒険者だという話だ。なのでやや広めの食堂には傍らに武具を控えた男女が数名、テーブルを囲んで食事を楽しんでいる。
 ちなみに、ここに残っているメンバーは俺とテレーゼの二人しかいない。
 宿に着いた時には夕陽の赤と夕闇とが混ざり合った空には星が瞬き始めており、一日歩き詰めていた女たちは受付を済ませるや否やそれぞれに割り当てられた部屋に篭って疲れた身体を休めていた。

「この辺じゃ、その生えてる山ってのが問題でなぁ」
「なんだい?」
「あんたらの事だからあの馬車で乗り入れるつもりなんだろうが、道がないんだわ」

 カウンターへ戻された空のジョッキを掴んだ親父は再び酒を注ぎ、それをテレーゼの前へ置く。
 今度は全部呷るような事はせず、テレーゼは一口含むと何やら思案するように明後日の方へ視線を飛ばす。

「ある程度刈り取れたら俺が馬車まで運べばいい」
「それは考えたんだけど、採取場所と馬車で護衛役を分けて配置しなきゃいけないだろ? あんたとトリーシャはともかく、ジャネット一人に任せるのはまだ不安だからね……」

 今までも採集場所と集積場所が多少離れた事はあったが、走ればすぐに駆けつけられる距離を保っていた。
 だから人数は多くてもカバー出来ていたのだが、山の入り口辺りに馬車を停めるにしても今までのようにはいかない。

「グラスパイルは重いし嵩張るし、運搬手段がなきゃ採集はほとんど無理」
「なるほど、厄介だ。人気がないわけだなぁ」

 俺たち、というかテレーゼが選んでくる仕事は殆どが不人気業務である。
 大人数で仕事を軒並み掻っ攫ってしまう悪印象を緩和するためというのもあるが、不人気だけに報酬が多めに設定してあることも大きな理由の一つだ。
 そして何よりも採集系の仕事においては不人気の理由が単純な難度ではなく、採集物が非常に大荷物になってしまい運搬手段を用意出来なければ達成が困難になってしまう事が挙げられる。野草の収集を請け負うような冒険者といえば殆どが討伐系を請け負うには荷が勝ちすぎる駆け出しなので、嵩張る採集品を効率よく運搬できる手段を講じるのは難しいのだ。
 その点において大荷物でも十分運べる荷馬車と、必要数が多くても人海戦術で何とかできる大人数は大きなアドバンテージとなる。
 今度の仕事はそのアドバンテージが最も活かされると聞いていただけに、なんとしても問題を解決せねばならないのだが……。

「とにかく、その場に行ってみないと判断のしようがないね。いざとなりゃ道でも何でも作って進むさ」
「豪快だなぁ、姉ちゃん」

 啖呵を切らんばかりにジョッキの中身を飲み干すテレーゼの姿に、親父もまたガッハッハと豪快に笑ってみせる。
 実際、現場を見ずにいくら考えた所で名案など浮かびはしないのは確かなのだし、依頼を受けた以上は遂行するしかないのだ。

「だが亜人には気をつけろよ。捕まれば死ぬより悲惨な目に遭うからな」
「死ぬより悲惨?」

 俺が上げた疑問に親父は困ったような、苦虫を潰したような、そんな苦々しい表情を浮かべて口篭る。その目はテレーゼの方をちらちらと窺っているようだが、当の彼女は気にした様子もなく皿に盛られた芋の揚げ物を口に運んでいる。

「亜人の多くは繁殖に異種族の女を使う。ヒトガタなら獣人も真人も関係ねぇ、妖精は特に大好物だ。
 奴らが人里を襲う理由の大半は女を攫う事だからな、捕まれば力尽きて死ぬまで亜人の子を産まされる事になるだろう」

 なんだその鬼畜エロゲ生物、悍まし過ぎて笑えねぇ。
 どおりで亜人と聞いてラウラの奴が顔を真っ青にするわけだ。

「俺が捕まったらどうなるんだ?」
「お前さんは食料的な意味で食われるだけだ」

 なるほど、非常に分かりやすい末路だ。笑えんことに変わりはないが。

「あんたらが挑む山はこのところ、亜人の群れが移ってきたらしいって話と目撃談を聞くもんでな。ヤバいと思ったら引き返す事も考えるんだ、命を懸けるような大層な仕事でもねぇ」

 親父の忠告を胸に、翌日俺たちは目的の山へ向かう旅路に着いた。
 山と言ってもそれほど大きく険しいものではない。遠目に見た感じではなだらかでやや小高い、緑で覆われた丘といった感じだ。
 木の柵で囲まれた村を更に取り囲むように広がる玉蜀黍畑を脇目に、山へと続く道を歩き続ける事半日程度で辿り着ける。
 山の恵みを得るべく、村人が日常的に入っていると聞いていたので到達するのは難しくない。しかし聞いていた通り、草だけでなく木までが行く手を遮るとなれば切り開くのはさすがに無理があった。

「行ける所まで、と思ったのだけど」
「いきなり詰んだ感じだな」

 今更だが、二頭引きの馬車はデカい。農道を通るのだって、実は余裕が無いくらいだ。

「さて、どうしたもんか」
「ねえ、グラスパイルって何処に生えてるの?」

 テレーゼと二人、狭く細い道を睨んで唸っていると、馬から降りたトリーシャが口を挟んだ。

「ああ、そういえば言ってなかったね。あれは他の草木があまり生えない岩場に群生していることが多いんだ」
「岩に生えているの?」
「そう見えるものもあるね」
「ふぅん、変な草ね」

 確かに、岩に栄養があるとは思えん。

「それなら岩場がありそうな崖を下から探しましょう」
「下から?」
「ええ。この山道に馬車で乗り入れるよりはよっぽど現実的よ」

 そんなやり取りがあったのが大体、一時間ほど前だっただろうか。
 崖の上からポイポイ投げ落とされる翡翠色の長物を眺めて、俺とテレーゼは唖然としていた。
 グラスパイルは恐ろしく硬い茎を持った葉っぱの無い草だ。どれくらい硬いかと言えば、草刈鎌では歯が立たないくらいに。なので刈り取る際は木と同様に鋸で削り倒すのが一般的だという話だ。
 その一本刈り取るのも一苦労するはずのブツが、まるで砂浜の空き缶を拾うが如きリズムで投げ落とされているのだ。

「この上は粗方刈り尽くしたわ。次に行きましょ」

 しばらくして崖から軽やかに飛び降りてきたトリーシャは「ふう」と一息吐き、馬車の御者台に腰を掛けて水筒を呷る。

「ちょっとぉ! あたしはどーやって降りたらいいのさ!?」

 そして崖の上から甲高い悲鳴のような声。
 見上げれば灰色の髪をショートカットにした少女が、頭上の猫耳をペタンと伏せ、涙目になってこちらを見下ろしていた。
 彼女はトリーシャが斬り倒したグラスパイルを崖下へ投げ落とす役割を担うため、奴の手であそこへ引っ張り上げられたのだ。

「普通に降りてくればいいじゃない」
「降りれるかァ! あたしはアンタみたいな超人じゃない!」
猫人族(バステト)が何を生温い事を言っているの? これくらいで高いとか怖いとか、あり得ないわ」
「10クムトはあるのに、これくらいとか言うな! こんなトコから落ちたらただじゃ済まないよ普通!」

 クムトは長さの単位で、1クムトで大体50センチくらいだ。
 ヒステリックにギャンギャン吠える猫娘ジャネットと至って醒めたトリーシャの口論は収拾がつかず、終わる気配が見えない。
 これが普段の旅路なら特に止めはしないのだが、今は場所が悪い。悲鳴で亜人を呼び寄せるような間抜けな危機は御免被る。

「今から行くから、そこで大人しくしてろ」
「うぅ……お願い」

 仕方ないので俺が崖を駆け上がって猫娘を回収することで一応の決着をつけた。まぁ、降りる時に散々怖がって泣き付かれたのは参ったが。
 そんな事を何回か繰り返し、依頼された数を揃えた頃には空が夕日に染まっていた。

「これ、ホントに草なの? 硬さがありえないんだけど」
「表皮が結晶質っつーのか、石に見えるな」
「キラキラしててキレイね」
「キレイだね〜。重過ぎて嫌になりそうだけど……これって掴んでも手が切れたりしないよね?」

 三角柱の茎は笹よりも一回り太く、透き通った結晶質のそれに植物特有のしなやかさは一切感じられない。
 拾い集めて適当に荷台へ放り込んでいたグラスパイルを、三本一束ごとに綱で括っていく。本当は昼間のうちにやっておきたかったが、普段よりも見通しの利かない中で亜人や獣への警戒に神経を割いていたら中々捗らなかった。
 今も人員の半数を周辺警戒に充てており、更に半数で食事の用意と荷物整理で分担している。
 因みにジャネットは一人だけ荷台で寝ている。心身ともに疲れ果ててしまい、最後に崖から降りた時には意識が朦朧としていたのだ。
 まぁ、見張りの交代で起こせばいいと皆も言っているので、今はゆっくり寝かせてやろう。

「それにしても硬いな。先を尖らせたら槍の代わりに使えるんじゃね?」

 手に取った一本を軽く振り回してみる。
 長さは160センチ程度、立てると今の俺の頭より少々高い。
 見た目よりは確かに重いが、同程度の金属槍と比べればまだ扱いやすいのではないだろうか。どう見てもしなりそうにない外見なのに案外としなやかだ、侮れん。

「なかなかいいな、これ」

 今使っているやたら硬い樫の杖よりも武器としては扱いやすいんではなかろうか。なんかキラキラしててカッコいいし、これにスイッチしようかな。

「あの空、何か変じゃない?」
「アラカンテの光、じゃないよね……」

 グラスパイルに余った綱を巻き付けて滑り止めにしたり、振り回して具合を確かめていると、炊事に当たっていた数名が遠くを見ながら何やら騒いでいるのに気付いた。

「どーした?」
「あ、レン。あっちって村の方よね?」

 娘の一人が指差したのは、木の柵で遮られた玉蜀黍畑の更に向こう。

「あ〜……結構歩き回ったから曖昧だけど多分、村の方だなぁ」
「あそこだけぼんやり明るくなっているって……」

 女が漏らした呟きは微かに震えており、彼女の中ではある程度の予測が立っているのだろう。
 夕陽は反対側にあり、夕闇に呑まれ始めているほの暗い東の空の一画が――赤く揺らめいていた。


初稿 2013.04.14
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