第八話 港町アラカンテ

 アラカンテを目的地に選んだのは、近かったからといった単純な理由ではない。
 そこそこの街であれば大抵は置かれている、無ければ宿屋兼業飲食店が代行しているという冒険者ギルド。街に到着したら宿を決め、次に向かうのがギルドというのが冒険者と呼ばれる連中の習慣だという。
 そして俺たちもその習慣に則り冒険者ギルド出張所を訪れているのだが、ここでは苦楽を共にした仲間との別れが待っていた。

「マリア、良かったね〜。フィアンセがずっと探してくれてたんだって」
「普通だったら、さっさと別の女に手が付いてるよね」
「でもさぁ、隣町に一ヶ月も居たんだから自分で迎えに来ても良くない?」

 ムーシアのギルドで請け負った物資輸送の仕事を片付けるべく荷馬車に詰まれた木箱や樽を運び出しながら、女たちがこれから建物の中で繰り広げられるであろう感動の再会劇に歓談の華を咲かせている。
 件のマリア嬢がトリーシャとテレーゼに付き添われてギルドに入ったのが十数分前。そしてつい先程、仕事を放り出して来ましたって風体のごつい青年が全力疾走で建物に突入していった。
 なるほど、アレがテレーゼを散々困らせた直球野郎か。

「そう言ってやんなって」

 姦しい中で毒吐いている猫耳娘を窘めると、何人かの視線がこちらへ集まる。
 アレは新しいネタの匂いを嗅ぎ付けたオカンの目だ。今にも飛び掛らんばかりに爛々と輝く目が何気に怖い。

「捜索依頼が出ていたのが分かったからムーシアから一報入れさせたんだよ。そしたら仕事を辞めて今すぐ迎えに行く! とかすげぇ前のめりな返信が返ってきてな。自分のせいで婚約者が職を失ったなんて事になったら、マリアの立つ瀬が無いだろうがってテレーゼが何度も説得して留まらせたんだ」

 それからはもう矢の催促だ。
 何時こちらへ来るのか、まだ来ないのか、いい加減に来ないならやっぱり俺が行くぞ、とギルドへの問い合わせは毎日行われ、仕事の完了報告に出向いたテレーゼは係員に二言三言の嫌味を含まれるのが決まり事のようになっていた。
 そんなあらましを軽く端折って語ってやると、女たちの反応は黄色い声で沸き立つ者と若干引いている者とに二分された。

「うわぁ、面倒くさそう」
「なんか他の男と会話したってだけでも拗ねそうな気がする」
「マリアってば苦労しそうだね……」

 マリアも彼女の婚約者もまだ若い、十代半ばを少し過ぎた程度なのだ。
 ああいう熱い野郎は嫌いじゃないし、俺としては応援したい気分だ。
 それはこいつらにも同じことが言える。マリアの帰還をあれほど待ち焦がれた人が居るのだ。彼女らの帰還も祝福されるものであると信じたい。
 二人の幸福を祈りつつも、俺たちは自分の未来を見据えて先に進まねばならないのだから。


 荷物の積み下ろしを終えてギルド係員への受け渡しを確認していると、建物からマリアと婚約者の青年が出てきた。
 苦楽を共にした仲間たちに囲まれたマリアは「ありがとう」と涙声で何度も礼を口にし、一人一人と抱擁を交わしている。
 その様子を少し離れた所から眺めていたのだが、全員に礼と別れを告げたマリアは俺の方へと小走りで駆け寄ってくる。

「レン。あなたが作ってくれた食事、とても美味しかった」
「おお。あの程度しか教えてやれなかったのが残念だ」

 彼女は炊事の支度をよく手伝ってくれた。
 ついでに料理を作りながらそのレシピを教えていたのだが、一ヶ月という短い期間では伝えられるものは限られてしまう。
 なので彼女がこれから生活していくだろうこの港町に見合った食材に絞って幾つか伝授したのだ。
 その時の事を思い出しているようで、マリアは海風に揺られる明るい茶色の長い髪を軽く手で押さえながら柔らかな微笑を浮かべている。

「そんな事ないよ。私、小魚の干物であんなに上品で美味しいスープを作れるなんて知らなかったもの」

 彼女の言葉を聞いた青年が少し驚いたような、そして嬉しそうな表情を浮かべる。
 そりゃあ自分の恋人が未知の美食を習得してきた、などと口にすれば否が応にも期待してしまうだろう。

「普通にスープで飲むのも良いけど、煮込み料理なんかに使っても美味いぜ」
「そういう使い方も出来るんだ……深いね」
「深いな。もしかしたらだけど、八雲ってトコの食材と相性がいいかもしれん。機会があったら試してみるといいな」
「そうなの? 八雲の物だったらたまに見るから、試してみる」
「おう。でも食材選びに夢中になって、また攫われんなよ?」
「うん……助け出してくれてありがとう」

 首に手を回して抱きついてきたマリアの背を軽くぽんぽんと叩きつつ、助けたのは俺じゃなくてトリーシャなんだが……と内心ばつが悪かった。
 そして静かに見守っていた青年に彼女を返し、寄り添う二人を見据える。

「マリアは優秀な生徒だ、期待していいぜ」

 トカゲの表情なんか分かるかどうか知らんが、口角を上げて笑いかけると青年は虚を突かれたのか目を大きく開き、恥ずかしそうにそっぽを向く。
 そんな恋人の子供っぽい仕草を見てクスクス笑ったマリアは青年と共にもう一度礼を言い、あるべき家路へ歩いていった。


 漁船と呼ぶにはあまりに簡素に過ぎる手漕ぎ船が何艘も並んで係留された桟橋に佇み、その先に広がる広大な海をぼんやり眺める。
 マリアの婚約者は荷降ろしの仕事をしていると聞いたが、他所から貨物を運んでくる船は遠くに見える別の桟橋に入るようだ。元より海運とは縁遠い生活だったので全く分からんが、遠目に見える二〜三本のマストが突き立った木造船は俺の知っている船舶のシルエットとはえらく違う。具体的には前部と後部が跳ね上がるように大きくなっているのだ。
 洋上にはそれら木造船が三角や四角の帆を広げて進み、或いは係留している船同様に帆を降ろして何艘も佇んでいるのが見える。大航海時代という言葉にそこはかとない浪漫を感じる、と熱く語っていた友人がこの光景を見たならば、感動のあまり海へ飛び込むんじゃないだろうか。
 そういえば大航海時代ってどれくらい昔の話だっけ。日本に鉄砲が伝わったのが戦国時代だから、それよりもずっと前には始まっていたはずだ。
 いや、でもどっかに鉄道があるって話も聞いたよな。てことは蒸気機関があるって事か? それなら蒸気船があってもおかしくない筈だけど、それらしいものは見当たらん。
 町並みは相変わらず赤土煉瓦を積み重ねた建物が連なる、ムーシアと似たり寄ったりなもの。違うのは町の規模が遥かに大きい事と、港のすぐ側に岩山の如く大きな砦が聳え立っている事だ。
 文明の発展度合いが計りきれん。
 地球では前世紀半ばには廃れていた馬車や木造帆船が現役なのに、離れた街同士の通信はリアルタイムで行える。
 それもこれもこちらの文明が発展する基盤となったのが法術という、向こうの世界ではフィクションの中でしか存在しない不可思議な存在なのが原因だ。
 まぁ、それも詮無き事だ。元より比較し、どちらが上かなどと順位を決める事に意味は無い。あるとすれば生まれ育った世界、強いて言えば日本という環境に抱く自尊心を満足させるための自己満足でしかない。

「レン〜、何してるの〜?」

 ミャアミャア煩い海鳥の声に混じるように、すっかり耳に馴染んだ間延びした声が聞こえた。振り返れば声の主、ラウラがカタリナとプリムを連立ってこちらへゆっくり歩いてくる。

「ん〜、海を眺めながら考え事をだな」
「見たまんまじゃない」

 つまんね、とでも言いたげなカタリナの呆れ口調にはちと困る。
 何だ、気の利いた洒落でも飛ばさにゃならんシーンだったのかい?

「どんな事を考えていたの?」
「ここでいきなり巨大イカと巨大カジキマグロがガチバトルをおっ始めたら見物だろうな〜、とか」
「ちょっと、それ洒落にならないからやめてよ!」

 プリムの問いに悪ふざけて答えてやると、何故かカタリナから抗議された。何故に?

「そーいえば一昨年だっけ? ビルゴの港でクラーケンとメガリュンクスが大ゲンカをしたって事件があったよね〜」
「あの時、私、ビルゴに住んでたのよ!」

 ちなみにクラーケンは巨大なタコの魔獣で、メガリュンクスはこれまた巨大な山猫の魔獣だ。
 よっぽど怖い思いをしたのだろう、要らんトラウマを呼び起こしてしまったか……と思ったが当のカタリナは怯えてなどおらず、過去を思い出して苛立ちを再燃させているように見える。
 するとラウラがクスクスと笑みを漏らしているので、どういう事かと問い掛けてみた。

「もう少し詳しく頼む」
「うん。クラーケンもメガリュンクスも町の人が飼ってるペットでね〜、餌の魚を取り合ってケンカになっちゃったんだって。猫が色んな所に飛び跳ねて、港に荷揚げされた物がたくさん壊されたみたいよ〜」
「メルテポルトから取り寄せた荷物はぐちゃぐちゃに踏み潰されちゃうし、お父さんのカツラはバレちゃうし、もう散々だったんだから!」
「不思議と怪我人は出なかったみたいだけどね〜」

 タコと猫のケンカ、サイズがどれくらいか分からんがやけに微笑ましく感じてしまうのだが。

「まぁ、何だ。荷物は気の毒だが、親父のヅラはいつかバレてたんじゃないかな」
「酷っ!?」

 ピーンと立てた尻尾を毛まで逆立たせてカタリナが噛み付いてくるが、羽毛に覆われた皮は存外に厚い。少々長く尖っている程度の八重歯を突き立てられてもこそばゆいだけだ。
 再び海へ視線を戻し、今度は間近から遠くへと視界を移す。
 三角の帆を膨らませた小振りの木造船が波を切って走るように進んでいく様子が目に入った。
 あの船は何処へ向かうのだろう。
 そういえば先の友人が熱く語っていた内容の中に、船の種類もあった。
 細かい話は殆ど理解出来なかったのだが、興味を引いた話に中世日本で使われていた船ではヨーロッパやアメリカに辿り着くのは非常に難しいというものがある。
 一応理由は聞いたが、リューコツが無いだとか、甲板がどうのとか、その他諸々の理由で外洋航海に耐えられないとイマイチ理解出来なかった。
 では港を出て海を走るあの木造船、あれは外洋に出れる船なのだろうか。

「レンって船が好きなの?」

 そうやって行き交う船をガン見していたら、プリムが不思議そうに尋ねてきた。

「いんや、はじめて見る。何処に行くんだろーな、って考えてた」

 実際には考えた所で、この世界の地名も地図も頭に入っていないのだから全く意味のない事だ。
 知らない事が多すぎるというのは、何もかもが漠然として自分が何処を向いて立っているのか分からないような、そんな不安感を掻き立てる。

「小型船は北のアレッタに向かうのが殆どで、それ以外はパルネラ海を横断してレムリアに行くよ。南があんなになる前は、アストリアスとかビルゴに向かう船もあったのだけどね」
「レムリアってどういう所なんだ?」

 確かトリーシャとの話に出てきた地名だ。海を跨がなきゃならんために近いのか遠いのか分からんが、手掛かりになりそうな事はどんなことでも知っておきたい。

「レムリア女王国といって、大陸の北と南を繋いでいるレムリア地峡を丸々国土にしている国だよ〜」

 と、口を挟むように答えたのはラウラ。付け加えるように「私はあそこの出身なの〜」となにやら残念そうに語った。

「もーね、一言で言うとド田舎! 国の殆どが山だから仕方ないけど、南は危険な魔獣ばっかりだし、北はずっと戦争してるから、他所に行こうとしたら船を使うしかないのよぅ」

 なんとまぁ、陸の孤島ってわけか。

「南の方って人は住んでないのか?」
「ずっと昔、それこそ大災厄より前は住んでたみたいだけど、今は誰も住めないでしょうね」
「南の魔獣は北の魔獣とは比べ物にならないくらい凶悪だからね〜。魔獣の素材で一攫千金なんて人がたくさん集まるから、南に行けば行くほど治安が悪くなっていくの」

 女王国って聞いて優雅なイメージが先に浮かんだけど、実際はアマゾネス的な女王なのか?
 アマゾネスな国風だとしたら研究の方向性が極めて物騒な方を向いてそうなんだが、確認しておくに越したことは無かろう。

「なんかレムリアで高度な研究をしているとか聞いたんだけどさ、トカゲをヒトの姿に変える術式だとか、聞いた事はないか?」
「レンってヒトになりたいの?」
「まーな」
「つくづく変わってるよね、アンタって」

 元々ヒトなんだってば、なんて主張しても今は詮無きことだ。
 何せ彼女らは武藤廉太郎という人間の姿を知らんのだ。トリーシャは俺の主張を否定するような事は無かったが、本当に信じているのかは分からない。

「うーん、聞いた事はないけど……やっててもおかしくは思わないかな〜」
「曖昧だなぁ」
「そりゃあねぇ、そんな研究をしてるって知れたら危険だとか異端だとかって周りの国がウルサイと思うもの〜」
「大災厄を乗り切った国だからね……何やってたって不思議じゃないって言えばそうね」
「でも実際、魔獣の北上を塞き止めてるだけで精一杯っていうのが現実よ〜。東の八雲も似たような状況だし〜」

 国を挙げて塞き止めなきゃならん魔獣ってどんなんだよ。
 つーか高度な研究って間違いなく南の魔獣対策だろうな常識的に考えて。
 そーなるとヒト化の研究なんざやる余裕はなさそう、ていうか普通に考えて俺以外に必要ない研究だよな。
 ……いやいや、もしかしたら捕獲した魔獣をヒトに変化させて戦力化とか、無いとは言い切れないじゃない? 諦めたらそこで試合終了って名言もあるしさ。

「レムリアってここから船に乗ったらどれくらいで着けるんだ?」
「大体二日くらいだよ〜。時化っても三日は掛からないんじゃないかなぁ」

 思ったよりも近いな。こいつらを家に送り届けたら次の目的地はレムリアにしよう。
 まだまだ漠然としているが、僅かに差し込み始めた光明が立ちはだかる山脈へ分け入る道を照らし始めたような気がして、逸る気持ちを大海原を渡る風に乗せていつか辿り着くだろう山脈の国に思いを馳せた。


初稿 2013.04.06
更新

inserted by FC2 system