第五話 冒険者ギルド

 テレーゼの頼みは単純明快だ。
 その為にはまず全員がこの街から出て、かつ他所の街に問題なく入れるようにする必要がある。

「ところでトリーシャ」
「無理!」

 言わんとした事が分かったのだろう。俺の言葉を途中でピシャリと一刀両断した彼女はとても良い笑顔だけど、背筋がなんだか凄く冷たいデス。
 そしてトリーシャは最初のハードルからして高すぎる無理難題を臆面もなく言ってのけた牛娘をじっと見詰める。

「自分で稼ぐって言ったけど、具体的には何をするつもり? 身体を売って稼ぐなんて、言うほど簡単じゃないわよ?」

 トリーシャの口から飛び出した剣呑な言葉に思わずギョッと目を瞠る。
 若い女性、しかも目の前の瑞々しく肉感溢れる豊満な肢体の持ち主ならば、金を手っ取り早く稼ぐ手段としてそれが挙がるのは当然とも思える。しかしトリーシャのようなうら若い娘がサラリと、それも実感を臭わせる否定意見を述べた事は俺的には非常にショッキングな事だ。

「そんな危ない橋を渡る気なんてサラサラ無いよ。そんなのに手を染めたら、本当に帰れなくなっちゃうじゃない」

 そして返す刀もまたあっけらかんと、これもまた妙に生々しさが臭う発言に俺は何だか居た堪れない気持ちになってくる。
 これは俺が踏み込んで良い話じゃないんじゃないか。と、いかにも日本人らしい事勿れ気質がノソリと首を擡げたが、決して他人事ではないとソレを強引に捩じ伏せる。

「安全に手っ取り早く稼げる手なんてあんの?」

 口にして思わず苦笑する。そんなもんがあったらとっくに独占されているか、競争率が高すぎて手が出せるモノではないだろう。
 しかしテレーゼが「アテはあるよ」と自身ありげに頷いたので大顎がかくん、と落ちてしまった。
 これはトリーシャも意外だったのか、赤い瞳を丸くして豊か過ぎる胸を僅かに反らしたテレーゼを見ている。

「そんなに虫の良い話なんてあるかしら?」
「普通に考えれば無いけどね。でも短い期間に限ればあたしらでもそれなりに荒稼ぎ出来るのさ」

 尤も、周りからは凄く嫌がられるだろうけどね、と続けたテレーゼは苦笑を浮かべており、要領を得ない俺とトリーシャは揃って首を捻った。

「そんなに難しい事じゃないよ。さ、ここからは話すよりも実際に動いたほうが早いさ」

 そう話を締め括ったテレーゼは未だ座り込んでいる女たちに大声で呼びかける。

「さぁ、家に帰るためにひと稼ぎするよ! さっさと立ちな!!」


 突然の呼び掛けに目を白黒させ、或いは相変わらずぼんやり虚脱しつつも顔を上げる女たちを連れて詰所を出た俺たちは、積み上げた煉瓦の表面を漆喰で塗り固めた白壁の建物が建ち並ぶ街の大通りを歩いている。
 馬車はとりあえず宿が決まるまでは詰所の小屋を貸してもらえる事になったので置いてきた。
 なので全員歩きなのだが、女たちは靴を持っていなかったので足の裏に木の板と藁束を敷いて布で巻きつけただけという簡素とかそんなレベルじゃないサンダルもどきで凌いでいる。
 着ている服もやたら胸元が大きく開いていたりスカートの裾が膝上より股下から数えたほうが分かりやすそうな短さだったりと露出が大きすぎ、それが十人以上も連れだって歩いているものだから悪目立ちする事この上ない。

「なぁ、街を出る云々の前に全員の服を何とかするのが先じゃねーか?」
「私もそう思うけど、全員分を用意するのにいくら掛かるか分かってる?」
「……だよなぁ」

 これが二、三人程度なら何とか出来るだろうが、十二人である。
 婦人服の安売りで有名な某チェーン店をモデルに考えてみると、一枚五百円のシャツだけでも全員分揃えて六千円。下着から靴からと一式揃えるとなると安物で集めても中々に馬鹿にならん額だ。
 赤煉瓦の町並みを眺めてみると、野菜果物やいい匂いを漂わせる串焼きを店頭に並べた屋台、店先にサンプルらしい鎧兜をショーケースに展示している武具店、色とりどりの衣類を店頭に並べた露店、布地を反物で販売している店など、さほど多くはないがそれなりの賑わいを見せている。
 探せば安売りの店や掘り出し物も見つかるかもしれないが、それだけでどれだけの時間を要するかは過去に女性の買い物に付き合わされた経験から丸一日は掛かろうと予想出来る。

「その辺はおいおい考えるさ。その為にも、まず先立つものを用意しなきゃ」

 声を弾ませているテレーゼは当事者であるにも拘らずやけに楽観的に見える。
 そして詰所から俺たちを先導する兵士に案内された先は見るからに頑丈そうな造りの、周囲のものより二回りほど大きな建物だった。
 開け放たれた両開きの扉を抜けた先にはかなり大きな空間があった。
 その空間の半分ほどがカウンターで間仕切られ、広い空間に何枚も立てられた掲示板にたくさんの人が群がっている。
 これによく似た光景を俺はかなり昔に見た覚えがある……それは今を遡る事二十年ほど前、何故か毎日昼間っから酒を飲んでいたところをぶちギレた母に家から叩き出された親父に連れられて行った場所だ。そこは狭いロビーに切羽詰まった凄い形相の大人たちがひしめき合い、時折怒号や金切り声が上がる文字通りの修羅場であった。
 後で知ったがあそこは職業安定所、今で言うハローワークだったそうな。
 ここに居るのは丈夫そうな革製のプロテクターやら外套で着膨れた連中ばかりと物騒な印象が先走るが、彼らの衣服をスーツに脳内変換すると正にあの時のハロワである。奇声は上がっていないが妙にピリピリ張り詰めた感はそのままだ。

「トリーシャ、ここはなんだ?」
「冒険者ギルドの出張所よ」
「冒険者?」

 ふと頭に浮かんだのは古代遺跡の秘宝をめぐって怪しげな組織と争っていたアクティブ過ぎる考古学者や、現実的なところでは犬ぞりで南極大陸を踏破した人の姿である。
 なんか金は使っても、稼げるイメージは湧かないな。

「金になんのか? それ」
「やり方次第ね。堅実にこなせば女一人が旅する程度の路銀は稼げるわ」

 つまりトリーシャの収入源ってわけだ。
 そしてカウンターで係員と話していた兵士に呼ばれて、彼女はそちらへ向かう。

「レン、あんたはこっちだよ」

 ぼけー、と突っ立っているとテレーゼに呼び掛けられ、手を引かれるままについていく。そこは数あるカウンターでも最も端っこで、係員は太い木縁の眼鏡を掛けたバーコード頭のおっさんだ。

「いらっしゃい。新規の登録をご希望かね?」

 ぼそぼそと張りの無い声、見るからに草臥れた白シャツと、その姿はまさに働き詰めで仕事を事務的にこなし続けたサラリーマン。
 その既視感がありすぎる風情は、あるのか無いのかはどうでもいいが、異世界情緒を指で弾くがごとく軽く撥ね飛ばしてしまった。この妙な安心感は緊張感を削ぎ落とし、親近感すら覚える。
 役所勤めのお父さんが疲れた姿は全国どころか、異世界でも共通らしい。

「うん。ここに居る全員だよ」

 テレーゼがそう告げると、バーコード頭のおっさんはカウンター前に集まった女たちを見渡して細い目を大きく開くと、鼻の下をだらしなく伸ばしやがった。
 気持ちは分からんではない、どいつもこいつも目の置き所に困る奴ばかりだ。分からんではないが……少しは遠慮しようぜ!

「すぐに仕事が欲しいんだけど、手頃なのはあるかい?」
「登録試験を兼ねたものしか斡旋出来んが、それならすぐに紹介出来るぞ」

 そう言いながらおっさんはカウンターの脇に立て掛けられたA4サイズくらいの板に手を伸ばし、テレーゼの前へ差し出した。
 見た目は透明なガラスが木枠に嵌め込まれ、まるで小さな窓を窓枠ごと持ってきたかのようだ。

「まずはそいつに名前を書いてくれ。代筆は一人銅貨二枚だ」
「書けるから大丈夫だよ」

 一緒に渡されたフェルトペンっぽい物でさらさらと自分の名前を書いていくテレーゼ。ガラス板に書かれた文字は残念だが全く読めなかった。

「書いたら板に手を広げて押し当ててくれ」

 指示された通りにテレーゼが掌をガラス板に押し当てる。
 するとガラス板が緑色に光り始め、テレーゼが僅かに顔を顰めた。
 光は十秒もせずに収まり、「離していいぞ」とおっさんに促されてテレーゼが掌を退けたガラス板には、不思議なことに先程書かれた名前は消えていた。

「さて、次はそこの赤いの」

 おっさんがじろりと目を向けてくる。
 思わず「俺?」と自分を指差すと、おっさんははっきりと頷き返してきた。

「レンのはあたしが代わりに書いてやるよ」とテレーゼはガラス板にさっさと書いていくが、その文字はやっぱり読めん。
 頼む手間が省けたから良いが、何故俺がこっちの文字を書けないのが分かったのだろう。ついでになんて書いたか分からないから、もし間違っていても訂正出来ないのが何気に怖い。
 テレーゼがさっきやったように掌をガラス板に押し当てると、今度は金色の光が灯った。
 そして訪れた、掌から何かが吸い上げられるような不快感。テレーゼが顔を顰めたのはこれか。
 それもすぐに収まり、金色の光もスゥ、と霞み滲むように消え失せた。

「さっきのと色が違う」

 ガラス板から離した掌を目の前に持ってきて調べてみるが、怪我をした様子は見当たらない。さっきの感覚は何だったんだろう?

「ああ、マナの色は人それぞれで違うからな。波紋も個々で違うから、姿形がどれだけ変わっても特定出来る材料になるんだ」

 ほら、次。と呼ばれて、戸惑いながら一緒に居た娘がおどおどとカウンターへ歩いていく。そんなやり取りが都合十三回繰り返され、全員分の登録とやらは恙無く完了。

「紹介出来る仕事はあの辺りの掲示板に貼ってあるから、気に入ったモノを探して持ってくるんだ」

 おっさんはガラス板を携帯電話の卓上充電器っぽい物に乗せ、衝立がいくつも並べられたロビーを指差す。指し示した壁際辺りは人がまばらで、そこだけがエアポケットのように閑散としていた。
 言われるままに行ってみたが、文字を読めない俺には全く意味がない。
 そして文字を読めるテレーゼはというと、掲示板に貼られた大量の紙片に視線を巡らせ、怪訝そうに首を傾げている。

「どうしたんだ? 難しいのばっかりしかないとか?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
「じゃあ賃金が安すぎる?」
「いや、逆だよ。割と簡単なのに報酬が高いんだ……このヒュージクローバー五束採集なんて、あたしが住んでた所じゃ銀貨二枚でも高い方だったんだよ」
「じゃあそれは幾らなんだ?」
「銀貨五枚。他にも採集系の依頼にしては結構いい報酬が付いてるのに、こんなに一杯残っているなんて……」

 掲示板に貼られているA6サイズ程度の紙片を剥し取ったテレーズは、他を覆い隠さんばかりに貼り付けられた依頼票の数々を目で追っては首を傾げている。

「それ、割が悪いわよ」

 そこに口を挟んできたのはトリーシャだ。
 ここへ先導してきた兵士も一緒で、彼はなにやら神妙そうな顔でテレーズが手にした依頼票に視線を落としている。

「どういうことだい?」
「この辺りの肥えた土地は殆どが農地になっていて、そういう薬草類が自生出来る余地が無いんだ」

 兵士の言葉に、ここまでの道程で見てきた風景を思い出す。
 この街に近付くにつれて畑らしい植物の群生地が遠目にぽつぽつ見えたが、殆どは相変わらずの乾燥した赤土大地だ。

「だからそういう薬草類を採集するなら群生地を探してかなり遠出するしかないってわけ」
「おまけに南が異教徒に占拠されてから物騒になったからな。日数や準備に掛かる経費、それに危険度と報酬が割に合ってないんだよ」

 なるほど、だから依頼票がこれだけ溜っているワケか。
 それを黙っているとはあのおっさん、ふざけやって。一杯食わされるところだったってか。

「なるほどねぇ、そういうことかい……好都合だね」

 しかしテレーズは表情を険しくさせるどころか勝気に口角を上げていた。むしろ合点がいった、と言わんばかりにほくそ笑んでいるようである。
 そして彼女は貼られている依頼票にざっと目を通し、気に入ったものを次々と剥し取っていく。

「ね、姉さん。そんなにたくさん取っちゃって、大丈夫なの?」

 今の今までおどおどしつつも流れに任せっきりだった女たちの一人が、鼻歌でも混じらせんばかりに景気良く依頼票を毟り取るテレーゼに恐る恐る尋ねる。が――。

「なに言ってんだい。全員分の依頼を受けなきゃ、本登録出来ないじゃないか」

 微妙にズレた返答に問い掛けた金髪犬耳娘はおろか、他の娘たちやトリーシャ、兵士すらも揃ってぽかん、と口を開いたまま呆気に取られてしまった。
 そんな俺たちを他所にテレーゼは集めた依頼票を一枚一枚吟味するように確かめると、それらを意気揚々とさっきのおっさんが座るカウンターに叩き付けやがった。
 ついさっきまで悪びれる様子もなかったおっさんだが、あまりにも自信満々な牛女の姿に唖然としている。
 トリーシャの破天荒に振り回されて散々だとか思っていたが、この女も大概だ。やれやれ、落ち着けるのはいつになることやら。


 仮登録した十三人分、それに加えてトリーシャが自身の力量に応じた依頼を請け負い、軽く雑貨と食料を購入すると早速出発した。
 本来ならばもっと時間を掛けて準備をするべきだろうが、俺たちには金が無い。宿泊費すら無いので、ゆっくり迷える余裕すら無いのだ。
 因みに雑貨や食料の代金はトリーシャからの借金である。あの盗賊団のアジトを特定した情報料と、彼らに壊滅的打撃を与えた事の報酬という臨時収入があったからなんとかなったらしい。
 トリーシャには何から何まで頼りっきりで、情けないやら申し訳ないやら。
 馬車は灌漑のために引かれた細い水路に沿って東へ進む。
 その水路が育んでいるのは果てしなく続くオリーブ畑だ。確か乾燥に強いと聞いたことがあるし、この辺りで作るならばうってつけの作物だろう。
 農場には獣を寄せ付けないための工夫がされているということなので、この畑を抜けるまでは危険は少ない。今の時期は収穫前の時期なので作物の世話をする農夫たちと時折すれ違う事がある。その際に挨拶ついでにギルドで聞いた薬草の自生地について詳しく話を聞き出し、歩みを進める。
 薬草類が自生する草地にたどり着いたのは町を出て二日目、それも夕方に差し掛かろうかという時間だった。

「ああ、こりゃあ確かに割に合わないね……」

 そう呟いたテレーゼは草地、そして周囲の荒野を見渡して苦笑を浮かべる。

「平け過ぎて身の隠しようがないな」
「おまけに結界の外だから野獣や魔物の類いにも警戒しないといけないわ」
「交代で見張るしかないね。今日はここで夜を明かして、採集は明日にしよう」

 草は背丈が低く、木立もない。更に二頭引きの大型幌馬車を引き連れているために目立つことこの上ない。
 これだけならここ数日、野盗のアジトを脱出してからと変わりないので今更なのだが、今は少々事情が異なる。
 それというのも、俺たちが村から歩いてきた街道には野性動物が近寄らないように『結界』という仕掛けが施されている。
 それはオリーブ畑にも当然敷設されており、昨夜はその境界付近で比較的安全に一晩を過ごしたのだ。
 そして何よりも聞き捨てならない単語が出た。
 魔物である。
 俺の理解なんざ遥か星霜の彼方に置き去りにされているが、これ程嫌な予感を掻き立てられるモノが他にあろうか。
 この状況でもファンタジー万歳とか喝采を上げる自信がある愛好家の人がいたら、お願いだから代わってくれ。
 つーか俺もある意味魔物だよな。喋るトカゲとか明らかに普通じゃねえし。

「なぁ、魔物ってどんなのがいるんだ?」
「この地方だと鳥の魔物が多いかしら」
「蟲も割といるよ。普段は土の中に居るから分かりにくいけどね」
「土ン中とか、警戒のしようが無いじゃないか」

 厄介過ぎるぜ、蟲。どんなの姿か想像したくないが、きっとグロいに違いない。
 鳥にしたって街を出るときに持たされた杖だけじゃどうしようもないだろう。

「ま、なるようになるしかないさ。あたしらが解放された事に意味があるなら、こんな所で躓きやしないよ」

 どこまでも楽天的なテレーゼの言にトリーシャは「羨ましい性格ねぇ」と呆れ返っている。
 俺としてもそれくらい開き直らなきゃやってられない。無謀ってレベルを軽く飛び越えてヤケクソだ。
 そろそろ虚脱状態から回復しつつある女たちにも手伝わせ、幌馬車を中心に夜営の準備を始めるのだった。


初稿 2013.03.26
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